恒常性の破綻としての生物の死と細胞レベルにおける自己複製の機能の破壊、自己複製と恒常性の原理のどちらが生命の根本原理なのか?③、生命とは何か?⑪
前回書いたように、
生物の個体全体というマクロレベルで考えた場合、自己複製の原理が生物自身の生命の本質とのかかわりが比較的薄い付随的な機能として位置づけられるのに対して、
恒常性の原理の方は、免疫系の機能や呼吸や心拍といった生命の維持に直接かかわる、生命の存続と不可分な関係にある機能であると考えられることになります。
それでは、それに対して、
生物を構成する個々の細胞というミクロレベルで考えた場合、自己複製や恒常性といった生命にとって根本的な機能が失われた状態とは、具体的にどのような状態であると考えられることになるのでしょうか?
生物の細胞レベルにおいて自己複製の機能が破壊された状態とは?
前回考えた、生物の個体レベルにおいて恒常性の機能が失われたケースと、生物の個体レベルにおいて自己複製の機能が失われたケースに続く第三のケースとして、
生物の細胞レベルにおいて自己複製の機能が破壊されてしまったケースにおいて、その生物は具体的にどのような状態になるのか?ということについて考えてみたいと思います。
そうすると、少しグロテスクな想定にもなりますが、
例えば、実験用のマウスが鉛の壁で覆われた隔離された容器の中に入れられて、その中で致死量を超える放射線を浴びせられた場合、
そのマウスの細胞は、ミクロレベルで大量の放射線によって貫かれることによって回復不能なダメージを受けることになります。
そして、
放射線のもたらす膨大なエネルギーによって、細胞の遺伝子であるDNAの各所が寸断されて修復不能となり、
それ以上自らのDNAをコピーする細胞分裂によって新たな細胞を生み出すという自己複製の機能を果たすことは不可能となり、細胞レベルでの自己複製の機能自体が完全に破壊されてしまうと考えられることになるのです。
このように、
致死量の放射線を浴びて、全身の細胞のDNAが修復不可能なダメージを受けてしまった場合、
その生物においては、個体レベルでも細胞レベルでも自己複製の機能は完全に失われて、その瞬間から死へと向かって進む時計の針が急速に進み出していくことになり、
その生物は、数日のうちに確実に死んでしまうような瀕死の状態へと直ちに陥ってしまうことになります。
しかし、
その大量の放射線を浴びてしまった生物が、今現在の状態として生きているのか?それとも死んでいるのか?と問われれば、
その生物は、数日のうちに確実に死んでしまうような重度の放射線障害の状態にあるとはいえ、致死量の放射性を浴びた直後の今現在の状態としては、放射線を浴びる前とほとんど変わらない状態ではっきりと生きていると言えることになります。
つまり、
致死量を超える放射線を浴びるような細胞レベルでの自己複製の機能自体が完全に破壊されてしまうケースでは、
確かに、そうした生物は、自らの体内で新たな細胞を生み出すという細胞レベルでの新陳代謝を行うことが不可能となり、短期間のうちに確実に死に至る状態へと陥ってしまうことになるのですが、
その一方で、細胞レベルでの自己複製の機能自体が完全に破壊されたとしても、それだけは、その時点において命そのものが失われているとはいえず、
その生物は確実な死を運命づけられた状態であるとはいえ、生命自体は維持されていると考えられることになるのです。
あらゆるレベルにおける恒常性の破綻としての生物の死
それでは、
上記のような致死量の放射線を浴びたようなケースでは、恒常性の機能の方はどのような状態にあると考えられることになるのか?ということですが、
細胞の遺伝子であるDNAのすべてが破壊されてしまっている以上、新たな細胞を生み出し、自己修復するという細胞レベルでの恒常性の機能は大幅に損なわれてしまっていると考えられることになります。
しかし、
細胞レベルでの自己複製の機能が破たんし、恒常性の機能の方も大きく損なわれてしまっているからといって、呼吸や血液の循環といった生物の個体レベルでの恒常性の機能もすぐに停止してしまうわけではなく、
生物は、それが生命を持った存在であり続ける限り、命の絶える最後の瞬間まで、自らの生命を保ち続けようとする恒常性の機能を維持し続けていると考えられることになります。
そして、
個々の細胞のミクロレベルにおいても、個体全体のマクロレベルにおいても、そうした生命を維持するための恒常性の機能があらゆるレベルで破綻し、
もうこれ以上、いかなる緊急的な手段を講じても命を保ち続けることができない状態へと至った時、
その生物は最後の息を吐き、心臓のその鼓動をとめ、頭から手足の先にまで至るすべての細胞がその生命活動、すなわち恒常性を維持するための活動を停止することによって、
その瞬間、その直前までは生命を保っていた個体において、生命の喪失としての完全な死が訪れることになるのです。
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以上のように、
個体レベルでも、あるいは、細胞レベルにおいてさえ、生殖や自己複製の機能を持たなくても、現在進行形で生きている生命体というのは存在することが可能であると考えられることになりますが、
それに対して、
恒常性を持たない生命体というのは、およそ存在自体が不可能であり、個体レベルにおいても細胞レベルにおいても、完全に恒常性の機能を失った生物は、もはや生命を持った存在としては成立しえないと考えられることになります。
したがって、
「自己複製」と「恒常性」という二つの原理のうち、恒常性の原理こそが、生物を生命として成り立たせている核心的要素、すなわち、生命の根本原理であると考えられることになるのです。
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初回記事:生命の根本原理とは何か?自発的で能動的な恒常性の原理、生命とは何か?⑫
前回記事:自己複製と恒常性の原理のどちらが生命の根本原理なのか?②生物の個体レベルにおける恒常性と自己複製の機能の喪失、生命とは何か?⑩
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