快楽の強さを客観的に数値化する方法とは?その2、物々交換の原理に基づく快楽の強さの比、快楽計算とは何か?③
前回書いたように、
快楽の強さを客観的に数値化しようとする試みにおいて、
それを快楽をもたらす物品の対価として用いられる貨幣を尺度とすることによって数値化する試みは貨幣の限界効用逓減の問題からあまりうまくいかないと考えられることになります。
そこで、快楽の強さを数値化するための新たな方策が求められることになるのですが、
それは、例えば、同じ金額で二つの物品のいずれか一つを購入しようとするケースや、貨幣よりも原始的で基礎的な価値の評価手段である物々交換のイメージで捉えるとより分かりやすくなると考えられることになります。
個人の通常の状態における選好の傾向の分析
例えば、
ある人が特別お腹がペコペコなわけでも、お腹いっぱいで満腹なわけでもない通常の状態で100円玉を持っているとして、
その100円で同じ大きさのリンゴとオレンジのいずれか1個を買うことができるとする時、その人がオレンジではなくリンゴの方を買うことに決めたとすれば、
その人にとって、リンゴはオレンジよりも効用をもたらす度合いが強い物品、すなわち、その人にとっては、オレンジよりもリンゴによってもたらされる快楽の強さの方が大きいと評価できることになります。
ここで、腹ペコでも満腹でもない通常の状態というのが、まだ主観的な解釈の余地が残る曖昧な表現と言うならば、それを例えば以下のように言い換えることもできます。
ある人の一カ月、あるいはより徹底的に調べるならば、一年間の生活の中で、一日ごとにランダムな時間帯に、同じ金額で同じ大きさのリンゴとオレンジのいずれを買うのか?という選択を繰り返し問い続けるとします。
すると、
その人が答えた結果を集計して、選択されたトータルの回数が多い方がその人の通常の状態における選好(せんこう、英:preference(プレファレンス)、経済的主体があるものを他よりも好む関係のあり方を示す経済学上の概念)ということになります。
例えば、
ある人が、一年間のうち、250日はリンゴを選び、残りの115日はオレンジを選択したとするならば、その人はオレンジよりもリンゴの方をより好んで選択する傾向のある人物であることが分かり、
その人にとっては、オレンジよりもリンゴによってもたらされる快楽の強さの方が大きいと評価できるということです。
物々交換の原理に基づく快楽の強さの比の関係の分析
しかし、これだけでは、
二つの物品がもたらす快楽の強度の比較はできても、それぞれの物品がもたらす快楽の強度を具体的に数値化するまでには至らないので、
快楽の強さの数値化のためには、さらに、二つの物品からもたらされる快楽の強さの比を求めることが必要であると考えられることになります。
例えば、
先ほどのリンゴとオレンジとの間の選好の例で言うならば、
リンゴをオレンジよりも好んで選択すると答えた人に対して、さらに以下のように質問していけばいいと考えられることになります。
同じ金額で、リンゴ10個とオレンジ11個ならどちらを選択するか?
そして、この質問でも、その人がやはりリンゴの方を選択すると答えたとするならば、
それでは、リンゴ10個とオレンジ12個ならどうか?
さらに、リンゴ10個とオレンジ13個ならどうか?
というように、どんどんオレンジの個数を多くしていった場合の選択のあり方を問い続けていくことにします。
そして、
例えば、その人がリンゴ10個とオレンジ15個の選択についての問いの時に答えが変わり、そこまでオレンジの数が十分に多いのならば、そちらの方を選んだ方が得にも思えるのでオレンジの方を選択してもいいと答えたとするならば、
その人にとって、リンゴ10個の価値はオレンジ15個の価値と同等であり、
リンゴとオレンジの価値の比は15:10(=3:2)の関係にあると捉えられることになります。
つまり、この場合、
その人にとって、リンゴはオレンジよりも1.5倍価値のある物品であり、その人がリンゴから得られる効用や快楽は、オレンジよりも1.5倍大きい強さを持っていると考えられることになるのです。
ちなみに、これを物々交換の問題として捉えるならば、
その人は、2個のリンゴを持っているときに、それを同じ数の2個のオレンジと交換するという取り引きには応じないが、オレンジの個数を多くして、3個以上の数のオレンジとの交換を持ちかけると、喜んでその物々交換の取り引きに応じてくれると考えられることになります。
そして、それと同様に、
モモやブドウ、トマトやキャベツ、チョコレートといった、果物や食べ物だけに限らず、その人が選好するあらゆる物品について、
それぞれの物品によってもたらされる快楽の強さと、オレンジ1個からもたらされる快楽の強さの相対的な比の関係を導き出すことができると考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
快楽の強さを客観的に数値化するための具体的な手法としては、
物々交換の原理に基づいて、個人においてそれぞれの物品がもたらす快楽の強さの比を求め、それを集計するといった方法によって、
ある物品がもたらす快楽の強さを1とした場合のすべての物品における相対的な快楽の強さの数値化が可能となると考えられることになります。
そして、
こうした快楽の強さの比に基づく客観的な数値化は、物品によってもたらされる効用や快楽だけに限らず、あらゆる行為や、それによって得られる心理的状態についても拡張して適用することができると考えられることになります。
したがって、
理論的には、一万人や十万人といった、その社会全体を構成する人々の趣向の全体的な傾向を把握するのに十分な数の人々に対して、アンケートのような形で上記のような質問に答えてもらい、その結果を集計して回ることができれば、
オレンジ1個がもたらす快楽の強度を1とした場合の、それぞれの物や行為が社会全体にもたらす快楽の強さの数値を示す一覧表を作り上げるような作業によって、
すべての物品、すべての行為が社会全体にもたらす快楽の強さを客観的に数値化することができると考えられることになるのです。
そして、
こうした具体的な手法を通じて客観的に数値化された快楽の強度という基礎値に基づいて、
そこに、次回から詳しく考察していくことになる持続性、確実性、遠近性、さらには、多産性、純粋性、適用範囲といった快楽を評価する他の要素の値を掛け合わせたものが、快楽計算によって評価される最終的な快楽の総量ということになるのです。
・・・
次回記事:快楽の持続性とは何か?現存する快楽の時間的な効力の範囲と周期性と永続性の概念への拡張、快楽計算とは何か?④
前回記事:快楽の強さを客観的に数値化する方法とは?その1、貨幣の限界効用逓減の問題、快楽計算とは何か?②
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