功利主義における個人主義と社会全体の幸福の最大化のジレンマ①、二つの原理の衝突とその解決策
前回書いたように、
功利主義の根底には個人主義と社会全体の幸福の最大化という二つの原理があり、この二つの原理が合わさることによってはじめて適切な善悪の判断がなさうると考えられることになります。
そして、こうした考え方に基づくと、
功利主義における個人主義の側面を強調することによって、大勢の人々が少数の人々を差別したり迫害を加えたりするといった、少数者を犠牲にする形で社会全体の幸福の最大化を図るという考え方を誤った考え方として明確に否定することができることになるのですが、
その一方で、
それは、功利主義という一つの思想の内で、個人主義と幸福の最大化という二つの原理が衝突することによってジレンマが生じてしまうことを意味することにもなります。
功利主義における個人主義と幸福の最大化のジレンマ
冒頭に述べた、少数者を犠牲にする形で社会全体の幸福の最大化を図ることが否定される論理においては、
より正確に言うと、
少数者である個人を犠牲にすることは許されないとする個人主義の原理と、個人の集合体である社会の幸福は最大化されるのが望ましいとする幸福の最大化の原理という二つの原理が衝突していると考えられることになります。
そして、この時、
個人主義と幸福の最大化という二つの原理が功利主義において互いに同等の力を持った原理であると仮定すると、
個人主義に従って、いかなる場合でも少数者を犠牲にして多数者の幸福を最大化することはできないと主張すると、それは幸福の最大化の原理に反することになってしまい、
その反対に、
幸福の最大化の原理に従って、幸福の最大化を実現するためには少数者の立場に置かれた個人を犠牲にしてもかまわないと主張すると、今度は個人主義の原理に反することになってしまうというジレンマが生じてしまうと考えられることになります。
つまり、
個人主義の原理と幸福の最大化の原理の両者が同等の力関係にある原理であると主張される場合、両者の論理のどちらか一方に従うと、必ずもう片方の論理に反することになってしまうという矛盾が生じてしまい、
少数者を犠牲にすることによる社会全体の幸福の最大化は、功利主義において善であると言っても間違いであり、悪であると言っても間違いであるという解決不可能な状態に陥ってしまうと考えられるということです。
そこで、
少数者が犠牲にされる最大幸福のあり方を明確に否定するためには、冒頭で述べたように、個人主義の原理の方をより強調して打ち出すことが必要と考えられることになります。
つまり、
幸福の最大化の原理よりも個人主義の原理の方をより重視すべき根源的な原理であると規定することによってはじめて、両者の原理の間のジレンマが解消され、
個人の犠牲を避けたうえで幸福の最大化を実現するという功利主義における道徳の方針を明確に打ち出すことができるということです。
・・・
以上のように、
功利主義における個人主義と幸福の最大化のジレンマを解消するためには、両者の原理の内のいずれか一方を他方よりも重視し、重視した方をもう一方の前提にあるより根源的な原理として位置づけることが必要となります。
そして、
前々回考えたように、個人主義よりも幸福の最大化の方を絶対的な原理であると規定してしまうと、それはいじめや差別どころか、多数者の幸福のためには戦争を起こして少数者を虐殺することさえいとわないような単なる悪しき力の論理へと陥ってしまうことになるので、
二者の内でもう一方の原理の前提に置かれるべき根源的原理は、必然的に、個人主義の原理の方であることが必要となります。
そして、
功利主義の本質である二つの原理の内の一方である個人主義の原理を、もう一方の原理である幸福の最大化の原理の前提にあるより根源的な原理として採用することによって、
少数者を犠牲にすることによる社会全体の幸福の最大化を否定する論理が成立することになるのですが、
このように、個人主義の原理を絶対化して、いかなる場合でも個人の幸福が犠牲になることがあってはならないと主張すると、今度はまた新たに別の問題が生じてしまうとも考えられることになります。
それは、詳しくは次回述べるように、
功利主義における個人主義の側面を重視し、少数者が犠牲にされることがないように救い出すことによって、今度は、本来道徳的であるあるはずの別の行為が悪しき行為として否定されるという結果が生じてしまうことになるという問題なのです。
・・・
次回記事:功利主義における個人主義と社会全体の幸福の最大化のジレンマ②、いじめを止める行為が悪とされてしまう論理
前回記事:功利主義の本質にある個人主義と幸福の最大化という二つの原理、少数者の犠牲に基づく社会全体の幸福の最大化は功利主義において否定されうるのか?②
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