エンペドクレスの四元素とギリシア神話の神々との関係とは?エンペドクレスの四元素とは何か?③

前回書いたように、エンペドクレスは、

アナクシメネスピタゴラスといった哲学者たちの
思想を土台としながら、

大地、そして、太陽といった
大いなる自然の姿を深く洞察することによって、

空気という四元素によって
自然の総体が成り立っているとする四元素説の思想を
生み出したと考えられるのですが、

エンペドクレスは、こうした四元素
万物の四根」(tessara panton rhizomataテッサラ・パントーン・リゾーマタ
と呼び、

それが元素として、自然界における
あらゆる物質的存在の根源的な構成要素となっているだけではなく、

自然における四大の力を司る神々の神秘的な力にも
対応していると考えていました。

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万物の四つの根と四大の力を司る四柱の神々

エンペドクレスは、その哲学思想を記した
『自然について』と題される詩の中で、

世界のすべての存在の根源にある万物の四根について、
それは以下のような神々によって司られる力であるとも述べています。

まずは聞け、万物の四つの根を。
光り輝くゼウス、生をもたらすヘラアイドネウス
そして、死すべき者たちの泉を涙で潤すネスティスを。
(エンペドクレス・断片6)

そして、

自然界におけるあらゆる存在の源である万物の四根
それらの力を司る神々の関係として、

ゼウスZeus)は太陽と火
ヘラHera)は天空と空気

アイドネウスAidoneus)は大地と土
ネスティスNestis)は海と水

のそれぞれに対応することになるのですが、

こうした神々の中で、
前半部分のゼウスヘラの二柱については、

それがギリシア神話の主神であるゼウスと
そのであり神々の女王であるヘラのことを指しているということが
すぐに分かるのですが、

後半部分のアイドネウスネスティスの二柱については、

あまり聞き慣れない神の名前であり、
その正体がすぐには分からないということになります。

アイドネウスとネスティスという神の名の婉曲表現

それでも、アイドネウスの方は
その出自が比較的はっきりしていて、

それは、「目に見えない者」を意味するイオニア地方の方言であり、
ギリシア神話における冥界の王ハデスHadesの異名であると
考えられることになります。

一方、ネスティスの方は、
アイドネウスほど出自がはっきりとせず、

その名は、直接的には、エンペドクレスの出身地でもあった
古代のシチリアの人々にとっての水の女神のことを指しているとも、

あるいは、

エジプト神話において死と夜を司る女神である
ネフティスNeftisまたはNephthys)との関連を
指摘することもできるのですが、

ここは、エンペドクレスの詩の中に登場している
他の神々の位置づけとの対称性の観点から言っても、

ハデスの妻であるペルセポネPersephone
婉曲表現としてネスティスの名が語られていると考えるのが
最も適当な解釈であると考えられることになります。

ネスティス(Nestis)という名が
ペルセポネ(Persephone)の異名として用いられている例は、
エンペドクレス以外の主要な文献では見いだすことができないのですが、

先の引用文において、ネスティスのことを形容している
死すべき者たちの泉」(mortal springs)という表現から言っても、

この女神が単なる水を司る神という意味だけではなく、
人間の死を司る冥界と深い関わりのある神として
捉えられていることは確かなので、

そうした点からも、ネスティスの名が、
ペルセポネ、すなわち冥界の女王の異名として用いられていると考えることは
ある程度妥当な解釈であると考えられることになります。

また、

これは、ハデスの名がその異名であるアイドネウスとして
語られていることにも共通することですが、

死を呼ぶ冥界の王と女王の名をみだりに口にすることは
不吉でありタブー視されることもあったので、

そうしたことから言っても、あえてアイドネウスやネスティスといった
婉曲表現によって冥界の神々の名が語られているとも
解釈することができるのです。

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四元素とギリシア神話における神々との対応関係

そして、以上の考察を踏まえると、

エンペドクレスにおける万物の四根のそれぞれは、
以下のギリシア神話の神々に対応するということになります。

すなわち、

には天界の王であるゼウスZeus
空気には天界の女王であるヘラHera

には冥界の王であるハデスHades、またはアイドネウス)
には冥界の女王であるペルセポネPersephones、またはネスティス)

のそれぞれが対応するということです。

ちなみに、

天界の女王であるヘラについては、
彼女は結婚母性を司る神でもあるので、

空気というよりは、母なる海母なる大地と言うように、
、または、に対応する神と考える方が自然のようにも思えますが、

上記の神々の位置づけでは、

天界を司るゼウスとヘラ、
冥界を司るハデスとペルセポネというように、

神々の世界も上と下の二つの世界に
二分される形で捉えられているので、

天界に君臨する神々には、
自然界において上方に位置する
太陽天空、すなわち、空気という二つの要素が割り振られ、

一方、冥界に君臨する神々には、
自然界において下方に位置する
大地、すなわち、という二つの要素が割り振られることになった
と考えられることになります。

つまり、

天上の世界を司る神であるゼウスヘラ、そして、
冥界を司る神であるハデスペルセポネという

二つの男神と女神の組み合わせによって、

天上から地下までのすべて存在、すなわち、
世界のすべてを司る神の力が表現されていることになり、

以上のような天界から冥界までの世界のすべてを司る
ゼウスヘラハデス(アイドネウス)、ペルセポネ(ネスティス)という
四柱の神々

自然界におけるすべての存在を生み出す
万物の四根である四元素が対応することになるのです。

・・・

以上のように、

エンペドクレスの四元素は、
単に自然界における物質のあり方を形づくる
物質的存在の構成要素であるだけではなく、

それは、自然における四大の力を司る神々の権能にも対応する
神秘的で宗教的ですらある概念でもあったと捉えることができるのです。

・・・

このシリーズの前回記事:四元素が水と空気と火と土であってそれ以外ではない理由とは?エンペドクレスの四元素とは何か?②

このシリーズの次回記事:エンペドクレスの四元素説と陰陽五行説の違いとは?四元素と五行説①

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