ヘラクレスの母アルクメネによるエウリュステウスへの復讐と娘マカリアの犠牲、ギリシア神話のヘラクレイダイの物語①
このシリーズの前回の記事で書いたように、トロイアやエリス、ピュロスやテゲアといったギリシア各地の有力都市を次々に制圧していくことによって、
一時はペロポネソス半島を中心とするギリシア世界の盟主としての地位にまで昇りつめていくことになった英雄ヘラクレスは、
その後、ギリシア北方のオイカリアの地へと進軍してこの地を攻略したのちに、自らの居城のあったトラキスの地に築かれた火葬壇の火炎の中で息絶えるという壮絶な死を遂げ、
雷鳴と共に天空へと運び上げられていくことで神の座へと引き上げられることになるのですが、
このようにして、ヘラクレスが天上の世界へと引き上げられていったのち、地上の世界に残されることになったヘラクレイダイと呼ばれるヘラクレスの子孫たちには新たなる受難の時が待ち受けていくことになります。
エウリュステウスに追われるヘラクレスの家族たちの逃避行の旅
かつて女神ヘラの計略によって、ヘラクレスから王位を簒奪する形でミケーネの王の座につくことになったエウリュステウスは、
ヘラクレスが生きていた時から彼のことを目の敵にして、彼が自分のもとに仕えていた時には、のちにヘラクレスの十二の功業と呼ばれることになる無理難題を押しつけて彼のことを苦しめようとしてきたのですが、
地上の世界においてヘラクレスが壮絶な死を遂げることになった後、
エウリュステウスは、今度は、そうした英雄ヘラクレスの後継ぎにあたるヘラクレイダイと呼ばれる彼の子供たちが自分の王の座を脅かすことになることを恐れていくことになります。
そして、エウリュステウスは、
ヘラクレスが自らの家族と共に暮らしていたトラキスの地へと使者を遣わすと、この地を治めていたケユクス王に対して、
ヘラクレスと彼の正妻であった今は亡きデイアネイラとの間に生まれた長男ヒュロスを筆頭とする四人の息子たちの身柄を引き渡すように要請することになり、
もはや、この地にとどまることができなくなったヘラクレスの息子たちは、共に暮らしていた妹であったマカリアと、ヘラクレスの母であったアルクメネとを連れて、エウリュステウスの追っ手から逃げのびていく逃避行の旅へと赴いていくことになるのです。
アテナイの王デーモポーンによる庇護とヘラクレスの娘マカリアの犠牲
そして、その後、
ヘラクレスの息子たちは、ギリシア各地を逃げ回っていく、行く当てのない旅を続けていったのち、トラキスからは遠く離れたアテナイの北東に位置するマラトンにあったゼウスの神殿にたどり着くことになるのですが、
この地を治めるアテナイの王であったデーモポーンは、憐れみ深い賢知の王にして、公正な裁きを下す高潔の士としても広く知られていた英雄テーセウスの息子にあたる人物であり、
父であるテーセウスと同じように正義と公正に重きを持つ賢明なる王であったデーモポーンは、この地へと逃げのびてきたヘラクレスの家族たちを自分の庇護のもとへと置いたうえで、
ただ自分の王位を守ることだけのために何の罪もない彼らの命を狙おうとする悪しき王であるエウリュステウスと戦うという決断を下すことになります。
しかし、いざ戦いが始まってみると、
ギリシア随一の大国であったミケーネの大軍を前にして、当時はいまだ東方の小国に過ぎなかったアテナイの軍は苦戦を強いられていくことになり、
神々への伺いを立てたデーモポーンのもとには、戦いに勝利するたには冥界の女王であるペルセポネへと一人の娘の命を捧げなければならないという神託の言葉が下されることになります。
そして、
この神託の言葉を聞いたヘラクレスの一人娘であったマカリアは、自ら進んで自分の命を死の女神ペルセポネへの生贄として捧げ、
残されたヘラクレスの母アルクメネとヘラクレスの息子たちは、妹の亡き骸を前にして、自分たちのことを迫害し続けてきたエウリュステウスに対する復讐を誓うことになるのです。
ヘラクレスの母アルクメネによるエウリュステウスへの復讐
そして、その後、
マカリアの死の犠牲によって神々からの大いなる力を得ることになったアテナイの軍は勢いを取り戻すと、そのまま一気にミケーネの軍勢を打ち破り、
アレクサンドロス、イーピメドーン、エウリュビオス、メントール、ペリメーデスという名のエウリュステウス王の五人の息子たちは、ことごとく倒されていくことになります。
そして、
自分の息子たちが殺される姿を目にして怖じ気づいたエウリュステウスは、何とか自分だけは助かろうとして、自分の戦車に乗って戦場を逃げ出していくことになるのですが、
その姿を目にしたヘラクレスの長男であったヒュロスは、自分も戦車に乗ってその姿を猛然と追い駆けて行き、
エウリュステウスがギリシア本土とペロポネソス半島をつなぐコリント地峡までたどり着き、この地にあったスケイロニスの岩壁と呼ばれる切り立った崖と海にはさまれた道幅の狭い難所を通っていこうとした時にその背中に追いつくと、その場で彼の首をはねてしまうことになります。
そして、その後、
ヘラクレスの母であったアルクメネは、ヒュロスの手によってアテナイへと持ち帰られたエウリュステウスの首を手にすると、
自分が持っていた縫い針でその両目をえぐり取ることによって、自分の孫娘でもあったマカリアの犠牲と、それまでの長きにわたる家族に対する迫害への復讐を果たすことになるのです。
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次回記事:ヘラクレスの息子の代でのペロポネソス半島の征服と疫病の理由を告げる神託の言葉、ギリシア神話のヘラクレイダイの物語②
前回記事:ヘラクレイダイとは何か?ギリシア神話における具体的な位置づけと古代ギリシア語における語源的な意味
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