プラトンにおける人間の完全体としてのアンドロギュノス(両性具有)の概念とエロスの神話的起源

前々回の記事で書いたように、

哲学的な文脈におけるエロスeros)とは、自分より上位に位置するより完全で全能なる存在への憧れを抱き、そうした完全なる存在へと自らが合一していこうとする魂のあり方のことを示す概念であると考えられることになります。

そして、

そうした自らに欠けている部分を相手の存在の内に見いだし完全で充足した存在へと至ろうとするエロスの本質的なあり方について、

プラトンの対話篇においては、アンドロギュノスandrogynos)と呼ばれる一種の両性具有の存在が語られる神話のような物語を通じて、エロスが根源的に求める完全体としての人間の姿が提示されていくことになるのです。

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『饗宴』において語られるアンドロギュノスの姿

プラトン著ソクラテス対話篇の内の一つである『饗宴』の中では、

プラトンの友人であり、ソクラテスの信奉者でもあった古代ギリシアの悲劇詩人であるアガトンと呼ばれる人物が登場するのですが、

プラトンの著作において、アンドロギュノスという概念が現れるのは、このアガトンが語り伝える一つの神話的な物語の中ということになります。

そして、

悲劇詩人アガトンは、自らが語る愛の神エロースへの讃歌の中でその物語について語りはじめることになるのですが、

そこでは、太古の昔に存在し今は失われてしまった完全体としての人間のあり方であるアンドロギュノスと呼ばれる種族の姿が以下のような形で語られていくことになるのです。

・・・

人間というものの本来の姿は今と同じではなく、かつては別の姿をしていた。…

太古の昔には、アンドロギュノスと呼ばれるものが一つの種族をなしていて、その種族は、形の点でも男女の両性を等しく備えつつ存在していたのである。…

その形はそれぞれで充足した一つの全体を成していて、円い背中円筒状の腹とを備え、四本の手と、手と同数の足を持ち、円筒形の首の上には、互いによく似通った二つの顔を持っていた。

さらに、互いに反対側を向き合っている二つの顔の上には一つの頭(頭頂部)があり、四つの耳を持っていた。…

彼らは、速く走りたいと思う場合には、その八本足(四本の手と四本の足とを合わせた数)でくるくると素早く進んでいくことができ、その格好はちょうど、軽業師たちが足を逆さまにして上空へと突き出し回転しながらくるくるととんぼ返りをするようなさまであった。

(プラトン著、『饗宴』、189節~190節)

・・・

つまり、

『饗宴』の中で語られている人間の完全体としてのアンドロギュノスの姿は、

全体的に丸い形状をした胴体四本の足と四本の手がついていて、どの方向にも等しく曲がることができる円筒状の一本の首の上には、一つの頭部があり、

その頭部には、360°周りの全方位を見渡すことができるように互いに反対方向を向いてつけられた二つの顔があるという、まるで丸い形をしたアシュラ像のような異形の姿をした存在として描かれているということです。

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体を二つに引裂かれた人間と互いの半身を求めるエロスの神話的起源

それでは、

このような完全体としての人間の姿であるとされるアンドロギュノスと呼ばれる異形の人間の姿が、どのようにして現在の見慣れた人間の姿へと変化していくことになったのでしょうか?

それには、以下のような経緯があったと説明されることになります。

太古の時代に生きていた、これらの完全体としての人間たちは、欠けることなく充足神々に匹敵するほどの力を備えていたので、

ある時、そのことに驕り高ぶった人間たちは、自分たちの世界を支配する神々に対して謀反を企てるにまで至ることになります。

そして、このことを重く見た主神ゼウスをはじめとするギリシア神話の神々は、

アンドロギュノスとしての人間が持つ本来的な力を弱め、彼らをより不完全な存在へと貶めるために、

その体を縦に真っ二つに引裂き、半分ずつの体へと切断してしまうという少々グロテスクな処置をほどこすことを決めることになります。

そして、

二つに引裂かれた人間のそれぞれは、

半分になり細長くなった胴体に、二本の足二本の手を持ち、半分になった細長い首と頭に一つの顔を持つことになり、

こうして現在の人間の姿が出来上がったと説明されることになるのです。

・・・

このように二つの存在へと引裂かれた人間は、もはや自らの内だけで充足することはできなくなり、

自分の失われた半身を求めて、かつての自らの片割れに再び出会おうと互いを探し求め続けていくことになります。

そして、

こうした互いに自分の失われた半身である相手を探し求め、太古の昔に存在したアンドロギュノスと呼ばれる自らの本来の完全なる姿へと回帰しようとする原初的な欲求のあり方が、

男女が互いの存在を自らの片割れであるかのように強く求めて愛し合い、互いに合一してより完全な充足された生へと至ろうとするエロスと呼ばれる愛のあり方の神話的起源であると説明されることになるのです。

・・・

次回記事アンドロギュノスに関連する人間の三つの種族と同性愛の神話的起源

前回記事:恋愛としてのエロスと哲学におけるエロスとの関係、双方向的な上下関係と偶像に対する崇拝の念

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