神聖戦争の起源と古代ギリシアの隣保同盟との関係:古代ギリシア語におけるヒエロス・ポレモスの意味とアンピクテュオン
前回書いたように、古代ギリシア世界におけるマケドニアによるギリシア本土への侵攻とその後のギリシアからエジプトそしてメソポタミアからインド西部にまで至る大帝国の建設は、
アレクサンドロス大王の父にあたるフィリッポス2世が当時アテナイやスパルタやフォキスといったギリシア本土の都市国家の間で起きていた第三次神聖戦争に介入したこときっかけとしてはじまっていくことになります。
それでは、そもそもこうした古代ギリシアにおける神聖戦争と呼ばれる古代から続く一連の戦争は、具体的にどのような歴史的な経緯と伝統に基づいて行われていた戦争であったと考えられることになるのでしょうか?
古代ギリシア語におけるヒエロス・ポレモスの意味と宗教戦争としての神聖戦争
神聖戦争と呼ばれる戦いは、古代ギリシア語ではヒエロス・ポレモス(ἱερός πόλεμος)と呼ばれることになりますが、
古代ギリシア語においてヒエロス(ἱερός)とは「神聖なる」「聖域」のことを意味するのに対して、ポレモス(πόλεμος)は「戦争」のことを意味することになります。
古代ギリシア世界においては、アポロンやゼウスなどのギリシア神話の神々を祀る神殿や聖域が信仰を共有するギリシアの都市国家によって共同で管理や維持されていたのですが、
そうした神殿や聖域の周辺の地域においては、しばしばその土地の支配と聖域の内に奉納されている莫大な資産などの宗教的な権益をめぐった争いが起きることがあり、
そうした神殿や聖域の周囲の地域的な争いが信仰を共有するギリシア世界全土へと広がることによって大規模な戦争へと発展していくことがありました。
そしてそのなかでも、ギリシア中部のフォキス地方に位置するデルポイのアポロン神殿がこの地で下される神託の言葉などを通じてギリシア全土の都市国家から広く信仰されていくことになるのですが、
そういった意味では、こうしたヒエロス・ポレモス、あるいは、神聖戦争と呼ばれる一連の戦いは、一言いうと、
デルポイのアポロン神殿を中心とする神殿と聖域の支配とその宗教的な権益をめぐって争われることになった古代ギリシアにおける宗教戦争として位置づけられることになるのです。
古代ギリシアの隣保同盟と古代アテナイの王アンピクテュオン
そして、古代ギリシアにおいては神殿や聖域の管理と維持のために、周辺の都市国家の間で互いの親善などを目的とした隣保同盟と呼ばれる緩やかな同盟関係が結ばれていたのですが、
そうした古代ギリシアにおける最も有名な隣保同盟としては、デルポイのアポロン神殿を中心としたアテナイやスパルタといった有力諸都市を含むギリシア全土の部族が参加していた同盟の存在が挙げられることになります。
こうした隣保同盟と呼ばれる同盟関係は、古代ギリシア語ではアンピクティオニア(ἀμφικτυονία)と呼ばれることになるのですが、
こうしたアンピクティオニア(ἀμφικτυονία)という言葉は、古代ギリシア語において「周辺に住む人々」「隣人」といった意味を表すアンピクティオネス(ἀμφικτύονες)という言葉に由来するとも、
ギリシア神話における洪水伝説で有名なデウカリオンの息子にしてのちにアテナイの王となったアンピクテュオンによって創設されたとも伝えられていることから、そうした古代のアテナイ王の名が由来となっているとも伝えられています。
そして、こうしたアンピクティオニア、あるいは、隣保同盟と呼ばれるギリシアの都市国家の間における互いの親善を目的とした宗教的な同盟関係においては、
前述したように、神殿や聖域の支配やその宗教的な権益をめぐって争いが起きることによって同盟内部における戦争へと発展していくことがあったと考えられることになります。
そして、そのなかでも特に、デルポイのアポロン神殿を中心としたギリシア全土の都市国家を巻き込む大規模な隣保同盟においては、
しばしば、デルポイとその周辺に位置するフォキスやキラといった都市国家の間で起きた争いがアテナイやスパルタといった有力諸都市を含むギリシア全土の都市国家へと波及していくことによって、
第一次神聖戦争から第四次神聖戦争までの四回にわたって戦われていくことになる古代ギリシアにおける一連の宗教戦争の展開へとつながっていくことになっていったと考えられることになるのです。