世界で最初の装甲車とは?15世紀のフス戦争に登場する木製の装甲の重装備の荷車と20世紀のイギリスでの武装自動車の開発

装甲車という言葉は、一般的には、厚い装甲によって車体が防護されている戦闘車両のことを意味することになりますが、

人類の歴史において、こうした装甲と武装とを兼ね備えた戦闘車両としての装甲車にあたる兵器がはじめて登場するのは、いったいいつ頃の時代であったと考えられ、

そうした現代の装甲車へとつながる直接的な原型となる戦闘車両具体的にどのような姿をしていたと考えられることになるのでしょうか?

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15世紀の中世ヨーロッパのフス戦争に登場する木製の装甲の重装備の荷車

そうすると、まず、

ヨーロッパの歴史において、こうした現代の装甲車の原型となるような戦闘車両が戦争における主要な兵器として登場するのは、中世の時代であったと考えられることになります。

15世紀ごろの中央ヨーロッパにおいては、カトリック教会によって異端とされて火刑に処されることになったチェコの宗教家にしてプロテスタント運動の先駆者であったヤン・フスを信奉するフス派と、

そうしたフス派と呼ばれるキリスト教の改革派に属する人々をキリスト教の正統な教えに背く反乱勢力として敵視する神聖ローマ帝国を中心とするカトリック勢力との間でフス戦争とも呼ばれる戦争が勃発することになります。

そして、

1419に、当時、ボヘミアとポーランドの地を中心に勢力を拡大していったキリスト教改革派にあたるフス派神聖ローマ帝国を中心とするカトリック勢力との間で戦われたフス戦争においては、

数で劣るフス派の軍勢は、味方の防備を固めるために、車体の前面を中心に木製の装甲を施した重装備の荷車に乗り込んで密集陣形を取って対抗するといった戦術を用いていくことになり、

フス派の軍勢は、そうした重装備の荷車の装甲に穿たれた銃眼の部分からマスケット銃クロスボウなどによって攻撃を仕掛けることによって、

神聖ローマ帝国騎士の大部隊による突撃攻撃を退けるといった大きな戦果を挙げていくことになるのです。

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20世紀のイギリスの技術者シムズが開発した世界初の装甲自動車

そして、その後、

装甲と火砲を備えた軍用自動車としての現代の装甲車が世界ではじめて開発されることになったのは、19世紀の終わりごろの時代であったと考えられ、

1898イギリスの機械技術者にして自動車産業の先駆者でもあったフレデリック・リチャード・シムズは、

歩兵と騎兵による突撃攻撃を支援するための補助車両として、車両の前面のみにわずかな鉄製の装甲の施されたマキシム機関銃を搭載した四輪自動車にあたる

モータースカウト(Motor Scoutと呼ばれる世界で最初ガソリンエンジンを搭載した軽装の武装車を開発することになります。

そして、その後、

イギリスオランダ系のアフリカ入植者であったボーア人との間で戦われた南アフリカの植民地化をめぐる戦いであったボーア戦争に投入する新兵器の開発イギリス陸軍から依頼されることになったシムズは、

1902に、前述した世界で最初軽装の武装車にあたるモータースカウト大規模な改良版として、

車両全体6mmの厚さの鋼板装甲によって隈なく防護され、車両の上部には360° 旋回が可能な2つの砲塔を備えた全長が8mにもおよぶ大型戦闘車両にあたる

モーターウォーカー(Motor War Carと呼ばれる装甲戦闘車両を開発することになります。

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そして、以上のように、

現在の時代における厚い装甲によって車体が防護された戦闘車両としての装甲車の姿は、

古くは、15世紀の中世ヨーロッパにおけるフス戦争においてキリスト教改革派にあたるフス派神聖ローマ帝国騎兵の大部隊に対して用いた木製の装甲を施した重装備の荷車の存在などが大本の原型となり、

その後、20世紀のイギリスの機械技術者であったシムズによって開発されたモータースカウトモーターウォーカーと呼ばれる二つの武装車直接的な原型となることによって形づくられていくことになっていったと考えられることになるのです。

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