イエスが最期の時に残した七つの言葉とは?①新約聖書の四つの福音書における新共同訳と口語訳と英訳の三つの記述の比較

前々回前回の記事で書いてきたたように、十字架にかけられて命を落とすことになったイエスが最後に残した言葉としては、

マタイによる福音書マルコによる福音書ルカによる福音書ヨハネによる福音書という四つの福音書において書かれている全部で七つの言葉が挙げられることになるのですが、

今回の記事では、そうした十字架のうえで最期の時を迎えることになったイエスが残した七つの言葉は、新約聖書における新共同訳口語訳そして英訳における表現においては、具体的にどのような言葉として書き記されているのか?ということについて改めてまとめて書いていったうえで、

次回の記事において、そうした七つの言葉は、イエスの十字架の死の場面においては、具体的にどのような順番で発せられた言葉であるのか?ということについて詳しく考えていきたいと思います。

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イエスが最期の時に残した七つの言葉の新共同訳と口語訳と英訳における記述の比較

そうすると、まず、

イエスが十字架へとつけられて最期の時を迎えることになる場面において語られたとされている言葉について、新約聖書において記述されている順番に取り上げていったうえで、それぞれの言葉について、

新共同訳における新約聖書の言葉の後に口語訳英訳における聖書の記述を順番に付記して三つの記述を対比させていく形で書き並べていくと、それは、以下のような形で記述していくことができると考えられることになります。

・・・

(イエスが十字架のうえで大声を上げて死を迎える少し前の瞬間に)
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」(新共同訳)
「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」(口語訳)
“My God, my God, why have you forsaken me?”
(新約聖書「マタイによる福音書」27章46節、「マルコによる福音書」15章34節)

・・・

(イエスが自分のことを十字架につけようとしている人々のことを見ながら)
「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(新共同訳)
「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」(口語訳)
“Father, forgive them; for they do not know what they are doing.”
(新約聖書「ルカによる福音書」23章34節)

(イエスの隣で十字架につけられて自分の罪を悔い改めている罪人を見ながら)
「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」(新共同訳)
「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう。」 (口語訳)
“Truly I tell you, today you will be with me in Paradise.”
(新約聖書「ルカによる福音書」23章43節)

(イエスが十字架のうえで死を迎える最期の瞬間に)
「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」(新共同訳)
「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます。」 (口語訳)
“Father, into your hands I commend my spirit.”
(新約聖書「ルカによる福音書」23章46節)

・・・

(前半はイエスが自分の母であったマリアに向けて語った言葉、後半はイエスが弟子たちに自分の母であったマリアのことを指して語った言葉として)
「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です。」「見なさい。あなたの母です。」(新共同訳)
「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です。」「ごらんなさい。これはあなたの母です」(口語訳)
“Woman, here is your son.” “Here is your mother.”
(新約聖書「ヨハネによる福音書」19章26~27節)

(イエスの十字架の死が近づく最期の時に)
「渇く。」(新共同訳)
「わたしは、かわく。」(口語訳)
“I am thirsty.”
(新約聖書「ヨハネによる福音書」19章28節)

(イエスが十字架のうえで死を迎える最期の瞬間に)
「成し遂げられた。」(新共同訳)
「すべては終わった。」(口語訳)
“It is finished.”
(新約聖書「ヨハネによる福音書」19章30節)

・・・

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ちなみに、このシリーズの初回の記事でも書いたように、はじめに挙げた

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」

というイエスが十字架のうえで大声を上げて死を迎えることになる少し前の瞬間に発せられたとされている有名な言葉については、その瞬間に実際に語ったとされるイエスの言葉をそのまま音写していく形で、

マタイによる福音書においてはヘブライ語の発音に直される形で、

「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」

マルコによる福音書においてはアラム語の発音にそのまましたがう形で、
「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」

といった表記も合わせて記述がなされていくことになるのですが、

いずれにしても、

新約聖書においては、こうした

マタイによる福音書マルコによる福音書における
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」という言葉、

ルカによる福音書における
「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」
「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」
「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」という三つの言葉、

ヨハネによる福音書における
「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です。ごらんなさい。これはあなたの母です。」
「渇く。」
「成し遂げられた。」
という三つの言葉を合わせた

全部で七つの言葉によって、イエスの十字架の死の場面についての核となる部分についての記述がなされていると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:イエスが最期の時に残した七つの言葉とは?②時系列順に並べたイエスの最後の言葉とイエスの十字架の死が持つ多面的な意味

前回記事:ルカとヨハネの福音書において十字架の上で最期の時を迎えるイエスが残したとされる三つずつの言葉、十字架の死に際してイエスが残した最後の言葉とは?②

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