『ヴィーナスの誕生』で女神ウェヌスが海の上に立っている理由とは?海の泡から生まれたギリシア神話のアフロディテとの関係
初期ルネサンスを代表する15世紀のイタリアのフィレンツェの画家であったボッティチェッリの代表作としては、
『春』と『ヴィーナスの誕生』と題されたローマ神話における美の女神にあたるVenus(ウェヌス)、英語読みではヴィーナスと呼ばれる女神を題材とした二つ絵画作品の名が挙げられることになると考えられることになります。
そして、
こうした『春』と『ヴィーナスの誕生』と呼ばれる二つの絵画作品のなかでは、絵画の主題として描かれているローマ神話における美の女神ウェヌスの姿は、それぞれ、春の森の中を静かに歩く貴婦人の姿、そして、海の上に漂う貝殻の上に立つ裸婦の姿として描かれているのですが、
ローマ神話におけるウェヌスの姿が、こうした春と海という二つの場面に関連付けられて描かれているということには、具体的にどのような神話的な由来があると考えられることになるのでしょうか?
草花の成長と春の季節を象徴する女神としてのローマ神話のウェヌス
まず、
こうした『春』と『ヴィーナスの誕生』という二つの絵画作品のうちの前者にあたるボッティチェッリの『春』と呼ばれる絵画作品は、
イタリア語で「春」のことを意味するこの絵画につけられたイタリア語における本来の題名をそのまま用いて『プリマヴェーラ』(Primavera)と呼ばれることもありますが、
こうした『春』あるいは『プリマヴェーラ』と呼ばれる作品において、ローマ神話における美の女神であるウェヌスが、数百種類にもおよぶ草花が芽吹く春の森のなかを歩いている姿で描かれている理由としては、
ローマ神話において、こうしたウェヌスと呼ばれる女神が、菜園を司る春の女神としても位置づけられている点が挙げられることになると考えられることになります。
古代ローマの暦においては、菜園における植物たちの生育を司る女神として祀られていたウェヌスは、
草花が芽吹く春の季節を象徴する月にあたる現在の4月にあたる暦の期間を司る神としても位置づけられていたと考えられているのですが、
ボッティチェッリの『春』と呼ばれる絵画作品のなかでも、そうした草花の成長と春の季節を象徴する女神として、こうしたローマ神話におけるウェヌスの姿が捉えられていると考えられることになるのです。
海の泡から生まれたギリシア神話の女神アフロディテと水と浄化を司る女神としてのウェヌス
そして、それに対して、
後者の『ヴィーナスの誕生』と呼ばれる絵画作品のなかでは、
同じローマ神話における美の女神ウェヌスの姿は、海に漂う巨大な貝殻のなかから生まれた裸のままの姿で海の上に立っているというあまり現実感のない少し奇妙ともいえる姿で描かれていると考えられることになります。
そして、このように、
『ヴィーナスの誕生』と呼ばれる作品において、ローマ神話における美の女神であるウェヌスが、貝殻のなかから生まれて海の上に立っている姿で描かれている理由については、
ローマ神話そのものというよりは、むしろ、ギリシア神話における愛と美の女神にあたるアフロディテとの関係からその具体的な理由を推し量っていくことができると考えられることになります。
古代ローマにおいては、ローマ神話における美の女神であるVenus(ウェヌス)は、ギリシア神話において愛と美を司る女神として位置づけられていたアフロディテ(Aphrodite)とほぼ完全に同一視される存在として捉えられていたと考えられることになるのですが、
ギリシア神話におけるアフロディテ、古代ギリシア語における正式な発音としては、アプロディーテー(Ἀφροδίτη)と呼ばれるこの女神は、
そうした女神の名前自体が、古代ギリシア語において「海の泡」のことを意味していたアプロス(αφρός)という単語に由来しているように、
「泡から生まれた者」「海の泡から立ち上がった者」といった意味を表す言葉を名前として持つ女神として位置づけられることになると考えられることになります。
それでは、
古代ローマにおけるローマ神話そのものとの関係においては、こうしたウェヌスやヴィーナスと呼ばれている女神は『ヴィーナスの誕生』のなかで描かれている水や海といったものとはまったく無縁な存在として位置づけられることになるのか?
というと、必ずしもそういうわけでもなく、
例えば、
古代ローマは、日本における江戸時代の江戸の町などと同様に、上下水道が完備していて、市民たちが常に良質な水を利用することができるといった意味においては、ある意味では水の都と呼べるような都市であったとも捉えることができると考えられることになるのですが、
ローマ神話におけるウェヌスは、ローマが建国される以前にこの地を支配していた古代民族にあたるエトルリアの水の神にあたるクロアキナとも同一視されることによって、
そうした古代ローマにおける上下水道の水の流れを司る神にして、水と浄化を司る女神のことを意味するウェヌス・クロアキナという添え名をつけて呼ばれることもある女神としても位置づけられていたと考えられることになるのです。
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次回記事:英語で5月を意味するMayの由来とは?ローマ神話の豊穣の女神マイアと水星を象徴する神であるメルクリウスとの関係
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