「パンとサーカス」の由来とは?ラテン語における具体的な意味と古代ローマの市民たちが盲目的な大衆となった歴史的背景

「パンとサーカス」という言葉は、古代ローマの市民たちが皇帝から無償で与えられる食糧と娯楽に夢中になって政治的に無関心盲目的な大衆へと堕落していくあり様のことを象徴する表現ですが、

この言葉は、もともとは、古代ローマの詩人であったユウェナリスの『風刺詩集』と呼ばれる著作集のなかで語られている一連の詩文のなかで出てくる

panem et circenses(パネム・エト・キルケーンセス)というラテン語に由来する言葉であると考えられることになります。

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ラテン語における「パンとサーカス」の具体的な意味とは?

デキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalisは、1世紀~2世紀にかけて活躍した古代ローマの詩人にして風刺家でもあり、

日本語においては「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という表現として有名な言葉も、もともとは、ユウェナリスの『風刺詩集』の第10篇の356行目に出てくるラテン語の言葉に由来する表現であると考えられることになるのですが、

同じユウェナリスの『風刺詩集』の第10のそれよりも前の箇所にあたる7781行目には、以下のようなラテン語における記述が出てくることになります。

・・・

iam pridem, ex quo suffragia nulli
vendimus, effudit curas; nam qui dabat olim
imperium fasces legiones omnia, nunc se
continet atque duas tantum res anxius optat,
panem et circenses.

我々民衆が投票権を失って自らの票を売り渡すことができなくなり、
国政に対する義務を捨て去ってから、すでに多くの年月が過ぎた。

かつては、政治と司法と軍事のすべての権力の中心にあった民衆は、
今では、ただ二つのことだけを熱心に求めている。
パンとサーカスを

・・・

そして、

上記のユウェナリスの『風刺詩集』における記述の最後に出てくるpanem et circenses(パネム・エト・キルケーンセス)というラテン語の語句に基づいて、「パンとサーカス」という表現が用いられるようになっていったと考えられることになるのですが、

上記のラテン語の語句の前半部分にあたるpanem (パネム)という言葉は、ラテン語において「パン」や「食糧」のことを意味するpanis(パニス)という名詞の目的格にあたる言葉であるのに対して、

後半部分にあたるcircenses(キルケーンセス)という言葉は、もともと、ラテン語において「円」や「回転運動」のことを意味するcircen(キルケーン)という名詞が語源となってできた言葉であり、

それは、

動物と人間の曲芸を中心とした見世物のあり方のことを意味する現代におけるサーカスとは、少し印象が異なる娯楽のあり方を意味する言葉として捉えられることになります。

こうした古代ローマにおけるサーカスとは、直接的には、数万の見物客を収容できるような巨大な円形の建造物である円形闘技場すなわちコロセウムのことを意味していて、

そうした円形闘技場において開催されることになる奴隷身分の剣闘士同士の間で行われる時には本物の殺し合いを見世物とすることもある格闘や真剣勝負、あるいは、猛獣との格闘や、複数頭立ての馬車による戦車競走といった

現代のサーカスと比べるとより野蛮で血なまぐさいところのある娯楽のあり方のことを指して、こうしたキルケーンセス(circensesというラテン語の言葉が用いられていると考えられることになるのです。

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古代ローマの市民が「パンとサーカス」を求めるだけの盲目的な大衆へと貶められていった歴史的背景

そして、

こうした古代ローマの市民たちが、ユウェナリスが風刺しているような「パンとサーカス」、すなわち、日々無償で与えられることになる食糧と娯楽だけをただ動物のように追い求めるようになり、

政治や軍事といった国家の存亡や未来に関わることには一切関心を示さないような愚民へとなり下がってしまった具体的な理由としては、以下で述べるような歴史的背景があったと考えられることになります。

中小の自作農民を中心とする士気の高い中産階級の市民たちが重装歩兵として従軍すると共に、元老院と民会を中心とする民主的な政治体制によって国力と軍事力を増大させていった共和政ローマは、

ギリシア諸都市カルタゴといった強国を次々に滅ぼして自らの領内に属州として組み入れていくことによって、広大な領土を手にすることになるのですが、

そうした広大な領土を手にしたローマの貴族や政治家といった有力者たちは、ラティフンディウムと呼ばれる奴隷制の大規模農場を経営することによって、中小の自作農民たちよりも効率がよく安価な食料生産を進めていくことになります。

そして、

そうした貴族や政治家たちが経営する大規模農場に対抗することができずに落ちぶれていった中小の自作農民を中心とするローマ市民たちは、自らの土地を売り払って首都ローマへと流れ込んでいくことになるのですが、

大規模農場を手にすることによって莫大な富を手にしていた貴族や政治家たちは、そうした仕事を失ったローマ市民たちに無償で食糧を分け与えることによって、彼らを囲い込み、彼らからの政治的な支持と票を集めることによってさらに権力を拡大していくことになります。

そして、

働かなくても楽に食糧を手にすることができるローマ市民たちは、地道に時間をかけて労働する必要がなくなった代わりに、暇を持て余してしまうようになったため、

ローマの支配者たちは、そうした暇を持て余したローマ市民をコロセウムにおいて開かれる刺激的なサーカスによってさらに飼いならしていくことになり、

こうした一連の歴史的背景によって、

古代ローマの市民たちは、自分では何も考えることなく、自らの権利を「パンとサーカス」を与えてくれる飼い主へとすべて譲り渡してしまう

ただ目の前の食糧と娯楽だけを夢中でむさぼり続ける支配者たちにとって都合のよい盲目的な大衆へと貶められていくことになっていったと考えられることになるのです。

・・・

次回記事:食中毒の原因となる代表的なウイルスの種類とは?厚生労働省の食中毒統計と東京都福祉保健局におけるウイルス性食中毒の分類

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