コペルニクス的転回の二つの意味とは?カントの認識論哲学における対象の側から主観の側への認識論的転回
物事の見方が180度変わってしまうような革新的な考え方や発想法のことを指してコペルニクス的転回という言葉が用いられることがありますが、
この言葉は、それが天文学などの科学史の分野において語られているのか、それともカント哲学などの哲学や認識論の分野において語られているのかといったその概念が語られる学問分野の違いに応じて大きく意味が異なって捉えられることが多い言葉でもあり、
こうしたコペルニクス的転回という言葉は、学問的な意味においては、大きく分けて以下で述べるような二つの意味において語られることになると考えられることになります。
天文学のコペルニクス革命における天動説から地動説の転回
「コペルニクスによる地動説の再発見とその死によって切り拓かれた近代ヨーロッパの科学革命への道」の記事で書いたように、
コペルニクス的転回という言葉の由来となったニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus)は、その後、ガリレオからケプラーそしてニュートンへと至る近代ヨーロッパの科学革命の礎を築いた16世紀のポーランドの天文学者であり、
彼は、それまでの天文学をとする中世ヨーロッパの学問体系の基盤にあった人間が住む地球を宇宙の中心として位置づけたうえで、太陽を含むそのほかの天体が地球の周りを回っているとする天動説の理論に対して、
そうしたそれまでの学問における常識的な考え方を根底から覆す地動説の理論を打ち立てることによって、近代科学への道を切り開いていくことになります。
地動説においては、天動説の見方とは正反対に、人間が住んでいる地球の方が水星や金星、火星や木星といったほかの天体と同列に太陽の周りを回っているということが明らかにされることによって、
天文学における地球中心主義あるいは人間中心主義的な世界観が真っ向から否定されていくことになるのですが、
つまり、そういった意味では、
こうした天文学を中心とする科学史の文脈においては、コペルニクス的転回あるいは英語ではCopernican Revolution(コペルニカン・レボリューション、コペルニクス革命)とも呼ばれるこの言葉は、
近代ヨーロッパにおける科学革命の端緒を開くことになった16世紀の天文学者であるコペルニクスにおける天動説から地動説の転回、
すなわち、天文学や宇宙論における地球を中心とする人間中心主義的な主観的世界観から宇宙全体を俯瞰する客観的世界観への転換のあり方のことを指してこうした表現が用いられることになると考えられることになるのです。
カントの認識論哲学における対象の側から主観の側への認識論的転回
それに対して、
こうしたコペルニクス的転回という言葉は、それが哲学や認識論の文脈において用いられるときには、まったく違った意味を持った言葉として捉え直されていくことになります。
18世紀のドイツの哲学者であったインマヌエル・カント(Immanuel Kant)は、前述した16世紀の天文学におけるコペルニクス革命のことを念頭に置いたうえで、
自らの哲学における認識論的転回のあり方のことを指してドイツ語でKopernikanische Wendung(コペルニカニッシェ・ヴェンドゥング、コペルニクス的転回)と呼ばれる概念を新たに提示していくことになるのですが、
こうしたカントの認識論哲学におけるコペルニクス的転回においては、それまで対象となる事物をありのままに受け取ることによって成り立っているとされていた人間の認識のあり方が新たな形で捉え直されていくことになり、
むしろ、そうした人間の認識が客観的に統合された秩序立った認識として成立しているためには、対象の側ではなく主観の側の条件の方が重要であり、
人間の認識においては、対象の側ではなく、それを受け取る主観の側の普遍的な認識の形式に基づいてそうした客観的な認識が成り立っているということが明らかにされていくことになります。
つまり、
こうした哲学や認識論の文脈においては、コペルニクス的転回と呼ばれるこの言葉は、18世紀の哲学者であったカントの認識論における対象の側から主観の側への転回のあり方のことを指してこうした表現が用いられることになると考えられることになり、
そうしたカントの哲学において主観の側の先験的な形式、すなわち、人間の普遍的な意識の構造を明らかにしていこうとする認識論における探求の方向性の抜本的な転換が行われることによって、
現代における心理学や認知科学、構造主義や現象学といった様々な学問分野が形づくられていく新たな学問の潮流が生まれていくことになったと考えられることになるのです。
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以上のように、
コペルニクス転回という言葉は、それが天文学や科学史の分野において語られるのか、それとも哲学や認識論の分野において語られるのか、というその概念が用いられる学問分野の違いに応じて互いに大きく異なった意味において用いられることが多い言葉であると考えられ、
一言でいうと、こうしたコペルニクス的転回という言葉は、それが、
天文学や科学史の分野において使われる場合には、16世紀の天文学者であるコペルニクスにおける天動説から地動説の転回のことを意味する言葉として用いられることになるのに対して、
哲学や認識論の分野において使われる場合には、18世紀の哲学者であったカントにおける人間における認識の原理の対象の側から主観の側への転回のことを意味する言葉として用いられることになるといった点において、
両者の「転回」のあり方における大きな意味の違いを見いだしていくことができると考えられることになるのです。
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次回記事:ガリレオからケプラーそしてニュートンへと至る近代における地動説の系譜、地動説とは何か?④
前回記事:コペルニクスはドイツ人とポーランド人のどちらなのか?ラテン語を含む三つの文化圏への精通とドイツ騎士団による東方植民
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