『禁断の惑星』の「イドの怪物」に込められた二つの意味とは?潜在意識の内なる無限の精神エネルギーによって創り出された形容し難い何者かの存在
前回書いたように、フロイトの心理学において登場するエスまたはイドと呼ばれる心理学上の概念は、
無意識の領域のなかでも意識や自我といったほかの心の領域へと能動的に働きかけて積極的な影響を与える力を持った心の部分として位置づけられることになります。
そして、
こうしたイドや無意識といった心理学的なテーマが一つのモチーフとされた代表的な映画作品としては、例えば、
現代のSF映画の先駆けとしても位置づけられる金字塔となる作品としても有名な1956年製作のアメリカ映画である『禁断の惑星』(Forbidden Planet)という題面の映画の名を挙げることができると考えられることになります。
『禁断の惑星』における「イドの怪物」の正体と人間の心の力を無限に増幅する力を持った究極の装置の存在
『禁断の惑星』(Forbidden Planet)の物語の流れの中では、アダムス(Adams)機長が率いる宇宙船C-57-Dが、
消息不明となっていた惑星アルテアⅣへの移民団の最後の生き残りであったモービアス博士(Dr. Morbius)と、この惑星で誕生した彼の娘であるアルティラ(Altaira)の二人を救出してこの惑星から脱出しようとする際に、
得体の知れない巨大な透明人間のような怪物からの襲撃を受けることになり、宇宙船の乗組員たちが次々と殺されていってしまうという危機的な状況へと陥っていくことになります。
そして、
こうした宇宙船を襲う目に見えない謎の襲撃者のことを指して、「イドの怪物」(”Monsters from the Id”)という言葉が用いられることになるのですが、
この物語の終盤の場面においては、
かつてこの惑星を支配し、高度な科学文明を築き上げながら謎の滅亡をとげてしまった古代人であるクレール人(Krell)たちが、
自らの心が想像するものは何でも具現化することができるという人間の心の力を無限に増幅することができる究極の装置を創り上げていたことが明らかにされていくことになります。
そして、最終的に、モービアス博士は、
こうした「イドの怪物」と呼ばれるモンスターの正体が、自らの心の内に存在する潜在意識の暗黒面の力が増幅されることによって創り出された存在であるということに気づくことになり、
その後、彼は、自分自身の存在とともに、自らの潜在意識の力によって創り出された「イドの怪物」の存在をも葬り去るという究極の決断を下すに至ることになるのですが、
自分の娘であるアルティラとアダムス機長、そして、博士のお供の役を果たしていたロビーという名のロボットを乗せた宇宙船がこの惑星からの脱出をなんとか果たしていくなか、モービアス博士は、
かつて、クレール人たちが自らが持つ潜在意識の力をうまくコントロールすることができずに、そうした無意識が持つ力の暴走によって滅びてしまったのと同様に、
その悲劇の元凶となった心の力を増幅する究極の装置が納められたクレール人の遺跡の内部で自爆装置を起動させることによって、惑星アルテアⅣと共に滅び去る道を選び取ることになるのです。
「イドの怪物」という名に込められた二つの意味とは?
以上のように、
『禁断の惑星』においては、「イドの怪物」と呼ばれる宇宙船を襲撃してくる得体の知れない巨大な透明の怪物の正体が、
この物語の主人公であるモービアス博士の潜在意識の暗黒面の力が創り出したモービアス自身の心の分身となる存在であったということが明らかにされていると考えられることになります。
それでは、
こうした自らの心が創り出した怪物のことを指す「イドの怪物」という表現のうちに、「イド(Id)」という言葉が用いられている具体的な意味は何なのか?ということについてですが、
まず、冒頭でも述べたように、フロイトの心理学においては、こうしたイド(Id)という概念によって指し示される心のあり方は、
無意識の領域のなかでも、心のほかの領域へと能動的に働きかけることを通じて、外界に対して強い影響を及ぼす力を持った心の部分として定義されるという点が挙げられることになると考えられることになります。
また、以前に「ドイツ語とラテン語におけるエスとイドという言葉の具体的な意味」の記事で詳しく取り上げたように、
こうしたイド(id)という言葉は、そのラテン語における原義となる意味においては、三人称単数の人称代名詞の中性形にあたる言葉、すなわち、
男性名詞でも女性名詞でもなく、何らかの中性名詞に対応する代名詞として位置づけられる言葉として定義されることになります。
つまり、そういった意味では、
こうした『禁断の惑星』と呼ばれる現代における様々なSF映画の先駆けとなる映画作品において登場する宇宙船を襲う謎の怪物の名前として、「イドの怪物」という言葉が用いられている具体的な理由としては、
それが人間の潜在意識、すなわち、無意識の領域の奥底に存在する自らの外へと能動的に働きかける無限なる精神的なエネルギーの力によって創り出された存在であるという意味と、
そのような本人自身の意識によっても知り得ることのできない潜在意識の力によって創り出された怪物は、
それが何らかの生命体や精神体のような存在であるとしても、男であるとも女であるともはっきりしたことは何も分からないラテン語の中性代名詞にあたるイド(id)という言葉によってしか表現することができないような
形容し難い正体不明の何者かとしてしか語ることができない存在であるという二つの意味において、
こうした「イドの怪物」におけるイド(Id)という言葉が用いられていると考えられることになるのです。
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次回記事:リビドーとは何か?①ラテン語の原義におけるリビドーという言葉の意味とローマ神話における美と愛の女神リベンティーナ
前回記事:無意識とエス(イド)の関係とは?意識と自我の領域へ能動的に働きかける力を持つ無意識的な心のあり方としてのエス(イド)の定義
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