ハリ・セルダンの心理歴史学における第一原理と物理学における気体分子運動論との関係とは?心理歴史学とは何か?②
前回書いたように、アイザック・アシモフの代表的なSF小説シリーズである「ファウンデーションシリーズ」(銀河帝国興亡史シリーズ)においては、
天才的な数学者であるハリ・セルダンによって確立された心理歴史学(サイコ・ヒストリー)と呼ばれる新たな学問を中心として物語が展開していくことになり、
こうした心理歴史学と呼ばれる学問分野は、一言でいうと、
集団としての人間の心理を統計学的に分析していくことによって、未来における人類の歴史全体の流れを正確に予測し、それを緩やかな形で修正していくことを可能にする学問であると考えられることになります。
そして、
こうしたハリ・セルダンの心理歴史学の根底においては、そうした統計学的な分析の正当性を保持するために不可欠な二つの根本的な原理が存在すると考えられることになります。
心理歴史学を基礎づける二つの根本的な原理が示されている「銀河帝国興亡史」における二つの記述
前回詳しく取り上げたように、アシモフの銀河帝国興亡史の第一巻の冒頭部分に近い箇所からの引用部分においては、
エンサイクロピーディア・ギャラクティカ(銀河百科大事典)のなかに登場する心理歴史学を定義づける記述のなかで、
心理歴史学においては、
「統計的処理が適正であるためには、取り扱う人間集団が十分な大きさを持つという暗黙裡の仮定事実がある。」(アイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡1』、26ページ。)
という記述と、
「人間集団の反応が真に無目的であるためには、集団自体が心理歴史学的分析を意識していないということが、仮定として必要である。」(同上)
という二つの記述が出てくることになるのですが、
こうしたアシモフの銀河帝国興亡史の本編における心理歴史学の定義について述べられたそれぞれの記述からは、
この学問を基礎づけている二つの根本的な原理を導き出すことができると考えられることになります。
心理歴史学における第一原理と物理学における気体分子運動論との関係
それでは、
こうした心理歴史学と呼ばれる学問を基礎づけている二つの原理とは、具体的にはどのようなものであるのか?ということについてですが、
まず、
「統計的処理が適正であるためには、取り扱う人間集団が十分な大きさを持つという暗黙裡の仮定事実がある。」
という第一の記述においては、
一人一人の個人としての人間は、多様な個性を持ち、個別的には予測不可能な行動をとる存在であったとしても、
そうした多様な個性を持った人間が、何十億(billions)や何兆(trillions)と集まることによって形成される、十分な人数がその内に含まれる社会集団としての人間については、その全体の動向を予測することは可能であるという原理が示されていると考えられることになります。
ところで、
こうした心理歴史学における個々の人間の行動の不規則性と、そうした人間が数多く集まった集団としての人間の全体的な行動の規則性との関係については、
物理学の一部門である統計力学の気体分子運動論のうちにも、それと同様の構造を見いだすことができると考えられ、
気体分子運動論においては、
気体を構成する個々の分子の運動は不規則で予測不可能なものではあるものの、そうした気体の分子が十分な数集まることによって構成される気体全体の性質やその運動の動向を理論的に予測することは可能であると説明されることになり、
例えば、
一定の温度のもとでは、一定量の気体全体の体積はその気体全体の圧力の大きさに反比例するという一定の規則的な関係にあることを示す古典力学の法則であるボイルの法則などもこうした気体分子運動論の理論によって説明されることになります。
つまり、
上述した心理歴史学の定義についての第一の記述においては、
こうした物理学における気体分子運動論と同様に、人間の社会集団についても、そうした集団全体の性質や運動の動向の理論的な予測が可能となるという仮説に基づいて、
個人としての人間の行動の予測は不可能であっても、そうした多様で不規則な行動をとる個々の人間が十分な数集まった社会集団としての人間については、その集団の性質や全体的な動向を予測することは理論的に可能であるとする
心理歴史学を基礎づける第一原理のあり方が示されていると考えられることになるのです。
・・・
次回記事:ハリ・セルダンの心理歴史学における第二原理と社会学における観測効果との関係とは?、心理歴史学とは何か?③
前回記事:心理歴史学とは何か?①アシモフの銀河帝国興亡史におけるハリ・セルダンについての記述と心理歴史学の定義
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