海洋民族エトルリア人の特徴と、トスカナ地方とティレニア海の語源

エトルリア人とは、

イタリア半島において、
ラテン人やローマ人が台頭する以前から
高度な文明を築き上げていた民族で、

ローマ建国期から、特に王政ローマの後期にかけての
古代ローマ初期の発展に非常に大きな影響を及ぼした
民族でもあります。

そうしたエトルリア人とローマとの関係
について迫っていく前に、

まずは、今回と次回にかけて、

そもそも、エトルリア人とはどのような民族なのか?
そして、エトルリア人の民族としての起源はどこにあるのか?

ということについて考えてみたいと思います。

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古代イタリアにおける民族分布とエトルリア人の言語系統

エトルリアEtruria)とは、
古代イタリアにおいて、

トスカナ地方を中心とする
イタリア半島中西部から北西部にかけて広がっていた
都市国家群のことを示す概念で、

当時、この地域に住んでいた人々は、
エトルリア人と呼ばれ、

ギリシア人からは
テュレニア人Tyrrheni、ギリシア語ではテュレノイ(Tyrrhenoi))、

ローマ人からは
トゥーシア人Tuscia、ラテン語ではトゥスキ(Tusci))

とも呼ばれていました。

 エトルリアとトスカナ地方とティレニア海の位置関係

古代イタリアにおける民族の分布は、
イタリア半島南端部のギリシア人植民市を除く
イタリア半島のほぼ全域

インド・ヨーロッパ語族の一派にあたる
イタリック人によって占められていて、

ラテン人ローマ人はもちろん、
イタリア半島中部のウンブリア人やサムニウム人、
イタリア半島南部のカンパニア人なども

大枠のくくりとしては
イタリック人に分類されるのですが、

エトルリア人は、こうしたイタリア半島における
民族の主流派であるイタリック人にも、
その大本であるインド・ヨーロッパ語族にも分類されません。

エトルリア人は、

ローマ人およびラテン人の言語であるラテン語とは
大きく異なる言語体系を持ったエトルリア語を話す人々であり、

ローマ人やラテン人とは
根本的に別個の民族ということになるのです。

そして、

エトルリア語は、日本語などと同様に、

同系統の言語の存在が証明されていない
孤立言語という区分に位置する言語なので、

そうい意味においては、

エトルリア人という民族自体が、
古代イタリア世界の中でも少し異質な
独自性の高い民族ということになるかもしれません。

エトルリア人諸都市の宗教連合と海上貿易の展開

このように、エトルリア人は
民族系統も言語系統も不明な民族ではあるわけですが、

それでも彼らは、イタリア半島において、
ローマ人やラテン人に先駆けて
いち早く高度な先進文明を築いた民族であり、

エトルリアでは、紀元前10世紀頃から遅くても
紀元前8世紀までには、

各都市それぞれが一人の王を頂く
安定した王政による統治体制がしかれるようになります。

そして、

これらのエトルリア人諸都市は、

同じ神話を共有する宗教的な結合に基づいて
政治的・経済的な緩やかな連合体を形成していき、

イタリア中西部のトスカナ地方を本拠地としながら、
海を渡ってコルシカ島まで領有するようになり、

さらに、

隣接するラティウム地方に居住するラテン人やローマ人を
強い影響下に置きながら、

一時は、南のカンパニア地方にまで
その勢力範囲を拡大していくことになるのです。

また、

エトルリア人は、
建築技術造船技術に優れた
海洋民族でもあり、

イタリア半島の西側の
ティレニア海沿いに船団を展開し、

コルシカ島、サルデーニャ島から
シチリア島を経て東地中海へと繰り出し、

ギリシア世界エジプト古代オリエント世界とも
海上貿易などを通じて交流を持っていました。

彼らは、海上貿易によって、
ギリシアやエジプトなどにおける先進文明の高度な技術や文化
自らの内にいち早く取り入れることによって

エトルリア人自身の高度な文明を築き上げていった
と考えられるのです。

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トスカナ地方とティレニア海の語源とエトルリア人

ちなみに、

先述したように、エトルリア人はその別名として
トゥーシア人やテュレニア人とも呼ばれますが、

エトルリア人の本拠地となっていた
イタリアのトスカナ地方Toscana)という地名の由来自体も

古代ローマ人から見たエトルリア人の呼称である
トゥスキTusci)(トゥーシア人 )から来ていて、

元々は、「エトルリア人の土地」を意味する言葉となっています。

同様に、

エトルリア人の海上貿易の主要ルートとなっていた
ティレニア海Tyrrhenian Sea)も、

元々は、「エトルリア人の海」を意味する言葉となっていて、

古代ギリシア人から見たエトルリア人の呼称である
テュレノイTyrrhenoi)(テュレニア人)から来ています。

つまり、

イタリア半島中西部の主要な地域は、現在でも、

エトルリア人の地であるトスカナ
エトルリア人の海であるティレニア海によって
陸と海の両面から挟まれているということであり、

現在のイタリアにおいても、
古代エトルリア人による支配の名残は、その地名などに
はっきりと色濃く残されていると言えるのです。

・・・

関連シリーズの前回記事:
ローマ人の定義とは何か?②ローマ人概念の拡大の歴史

このシリーズの次回記事:
エトルリア人の起源とは?①陸路と海路の二つの移動ルートと三つの仮説

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