アウフヘーベンとアオフヘーベンはどちらが正しい表記なのか?ドイツ語におけるauの発音とアウグスブルクの宗教和議
アウフヘーベンという言葉は、日本では、ドイツの哲学者であるヘーゲルの弁証法哲学にでてくる哲学的な概念のことを意味する表現として使われることが多い言葉であり、
それは、もともとはドイツ語におけるaufhebenという単語のカタカナ表記として用いられている言葉であると考えられることになります。
しかし、その一方で、ドイツ語の辞書でaufhebenという単語を引くと、通常の場合、その発音表記としてはカタカナ表記では「アオフヘーベン」と記されている場合が多いのですが、
それでは、こうしたaufhebenという単語は、それを「アウフヘーベン」と読むのと「アオフヘーベン」と読むのとでは、どちらの方がより正しい表記であると考えられることになるのでしょうか?
ドイツ語における複母音auの発音とdas Auge(ダス・アオゲ)
ドイツ語の単語は、英語のように単語によって例外的な発音が多い言語とは異なり、基本的には、単語を書き表しているアルファベットをそのままローマ字読みしていけばだいたい正しい発音に近い形で読めてしまうことになるのですが、
その中でも、数少ない例外的な発音規則の一つとして、eiやie、euやauといった互いに異なる種類の母音が二つ並んで表記されている複母音と呼ばれるアルファベットの並びにおいては、a, e, i, o, uという単母音とは少し異なる形で発音がなされることになり、
上記に挙げた四つの複母音の場合、eiは「エイ」ではなく「アイ」と、ieは「イエ」ではなく「イー」と、euは「エウ」ではなく「オイ」と、そして、auは「アウ」ではなく「アオ」とそれぞれ発音されることになります。
具体的な例を挙げていくと、例えば、ドイツ語において、
「目」はdas Auge(ダス・アオゲ)
「自動車」はdas Auto(ダス・アオト)
「オーストラリア」はAustralien(アオストラーリエン)
「さようなら」はAuf Wiedersehen(アオフ・ヴィーダーゼーン)
と発音されることになりますが、
このように、基本的には、ドイツ語において、auという複母音は、「アウ」とそのままローマ字読みに発音するのではなく、「アオ」と読む方がより正しいドイツ語の発音に近いと考えられることになるのです。
したがって、
ドイツ語のaufhebenという単語も、上記の複母音auの発音規則に従って、「アウフヘーベン」ではなく、「アオフヘーベン」と発音する方がより本来のドイツ語の発音に近いと考えられるのですが、
それでは、「アウフヘーベン」というカタカナ表記がまったく誤った表記であるのか?というと、必ずしもそうでもないと考えられることになります。
学問上の慣用的な表記としての正しさとアウグスブルクの宗教和議
ドイツ語でauというつづりが含まれる単語がそのままカタカナ表記として日本語の辞書にも載っている例としては、
今回の記事で取り上げた「アウフヘーベン」という単語の他に、「アウグスブルク」あるいは「アウクスブルク」といった言葉も挙げられることになります。
アウグスブルク(Augsburg)とは、ドイツ南部のバイエルン州に位置する都市の名前であり、
1555年に、この地の帝国議会において、カトリックとルター派の両者に属する諸侯たちの間で協議が開かれ、1517年のルターの宗教改革に始まるドイツにおけるカトリックとプロテスタントの間の宗教的対立に一応の決着をつけることになるアウグスブルクの宗教和議が結ばれたことで有名な都市ですが、
こうしたAugsburgという単語も、ドイツ語の発音としては、複母音auの発音規則に従って、「アオクスブルク」と読む方が本来のドイツ語の発音に近いと考えられることになります。
しかし、
こうした「アウグスブルク」あるいは「アウクスブルク」といった表記については、それが明治時代以降の歴史学などの学問研究において、長く用いられてきた伝統的な学術用語にもあたる表記ということになるので、
これらの表記のあり方は、ドイツ語の発音上の表記というよりは、学問上の慣用的な表記として正しい表記のあり方であるとも考えられることになるのです。
ちなみに、
日本語の辞書で「アウグスブルク」という言葉を調べると、おそらく、その前の行には「アウグストゥス」という言葉が出てくることになりますが、
アウグストゥス(Augustus)は、紀元前27年にローマ帝国の初代皇帝となったオクタウィアヌスが元老院から受けたラテン語で「尊厳ある者」を意味する称号の名なので、
この単語の場合は、無理にドイツ語読みにして「アオグストゥス」などと読む必要はなく、そのままローマ字読みで、「アウグストゥス」と表記するのが本来のラテン語の発音上の表記としても正しい表記となると考えられることになります。
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以上のように、
ドイツ語のaufhebenという単語の日本語におけるカタカナ表記としては、「アオフヘーベン」とした方が本来のドイツ語の発音により近い表記となると考えられることになるのですが、
「アウフヘーベン」という日本において一般的に用いられる表記も必ずしも誤った表記といえるわけではなく、それは、歴史学や哲学といった学問分野において古くから用いられている学問上の慣用的な表記としては正しい表記のあり方であると考えられることになるのです。
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次回記事:アウフヘーベンのドイツ語における三つの意味とは?「解消する」「保存する」「高める」という主要な意味とドイツ語の原義
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