ファウストが最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑦

前回の記事で書いたように、『ファウスト』の「書斎」の章の後半では、主人公ファウストと悪魔メフィストフェレスの二人が魂の契約を交わす場面が描かれています。

そして、悪魔メフィストフェレスとの契約によって、地上に存在するありとあらゆる美しい物事を見て回り、それを心ゆくままに味わい尽くすことができるようになったファウストは、

至上の美を求めていく旅の途上で最愛の女性マルガレーテ(作中では愛称でグレートヘンと呼ばれることも多い)と出会い、彼女としばらくの間幸せな時を過ごすことになります。

そうしたファウストと彼の最愛の人マルガレーテとの会話の中で、神を信じる敬虔な女性であるマルガレーテからの信仰をめぐる問いかけに対して、ファウストが自分の考えを語る場面が出てくるのですが、

この場面でファウストは、神を信じるべきか?それとも神を信じないと言うべきか?そもそも神とはいったい何なのか?という神と信仰の本質を解き明かそうとする情熱的な詩を謳い上げていくことになります。

今回は、そうしたファウスト最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩が謳われる場面について取り上げ、

まずは、該当箇所のドイツ語原文を引用したうえで、一文一文対訳形式で訳していくことで、この詩の全体の流れを追っていきたいと思います。

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ファウストが最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩のドイツ語原文

ファウスト最愛の人マルガレーテと語らう場面が描かれている『ファウスト』の「マルテの庭」(Marthens Garten)の章では、

神を信じる敬虔な女性マルガレーテからの問いかけに対して、ファウストが自らの考えを答えていく形で神と信仰の本質を解き明かそうとする情熱的な詩が謳い上げていくことになりますが、

そうしたファウスト最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩の全容は、ドイツ語の原文では以下のように記されています。

Faust:

Ich glaub an Gott?
Magst Priester oder Weise fragen,
Und ihre Antwort scheint nur Spott
Über den Frager zu sein.

Margarete:

So glaubst du nicht?

Faust:

Misshör mich nicht, du holdes Angesicht!
Wer darf ihn nennen?
Und wer bekennen:
Ich glaub ihn.
Wer empfinden,
Und sich unterwinden
Zu sagen: Ich glaub ihn nicht?
Der Allumfasser,
Der Allerhalter,
Fasst und erhält er nicht
Dich, mich, sich selbst?
Wölbt sich der Himmel nicht da droben?
Liegt die Erde nicht hierunten fest?
Und steigen freundlich blickend
Ewige Sterne nicht herauf?
Schau ich nicht Aug in Auge dir,
Und drängt nicht alles
Nach Haupt und Herzen dir,
Und webt in ewigem Geheimnis
Unsichtbar sichtbar neben dir?
Erfüll davon dein Herz, so groß es ist,
Und wenn du ganz in dem Gefühle selig bist,
Nenn es dann, wie du willst,
Nenn’s Glück! Herz! Liebe! Gott!
Ich habe keinen Namen
Dafür! Gefühl ist alles;
Name ist Schall und Rauch,
Umnebelnd Himmelsglut.

ファウストが語る神と信仰をめぐる詩のドイツ語文と日本語文の対訳

そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語原文と日本語との対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。

ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示すこととし、

日本語の訳文を書いた後の印の部分でところどころ簡単な文法上の注釈を付記している箇所があります。

また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、日本語文の訳文において重要な意味を担う箇所を太字で記したうえで、それに対応するドイツ語文の箇所も太字にする形で記しています。

・・・

Faustファウスト):

Ich glaub an Gott?
(イヒ・グオプ・アン・ットゥ)
私が神を信じるかだって?

glauben an+[4格]:~の存在を信じる

Magst Priester oder Weise fragen,
ークストゥ・プースター・オーダー・ヴァイゼ・フーゲン)
そんなことは聖職者か賢者にでも尋ねてみるがいい

Und ihre Antwort scheint nur Spott
(ウントゥ・ーレ・ントヴォルトゥ・シャイントゥ・ヌア・シュポットゥ)
Über den Frager zu sein.
(ユーバー・デン・フーガー・ツー・イン)
彼らからは問うた人をただ愚弄するような答えしか返ってこないのだから。

Margareteマルガレーテ):

So glaubst du nicht?
ー・グオプストゥ・ドゥー・ヒトゥ)
それではあなたは神様をお信じにならないの?

Faustファウスト):

Misshör mich nicht, du holdes Angesicht!
(ミスーア・ミヒ・ヒトゥ・ドゥー・ルデス・ンゲズィヒトゥ)
私の言葉を聞き違えてはいけない。愛しき人よ。

Wer darf ihn nennen?
ヴェア・ダルフ・ーン・ンネン)
誰がその者を名づけることができるだろう?

Und wer bekennen:
(ウントゥ・ヴェア・ベンネン)
そして、誰がこう断言することができるというのだろう?

Ich glaub ihn.
ヒ・グオプ・ーン)
私はその者を信じると。

Wer empfinden,
ヴェア・エンプフィンデン)
そして、何かを感じているのなら、

Und sich unterwinden
(ウントゥ・ズィヒ・ウンターヴィンデン)
Zu sagen: Ich glaub ihn nicht?
(ツー・ーゲン・イヒ・グオプ・ーン・ヒトゥ)
 誰がこう言い切ることができるというのだろう?
私はその者を信じないと。

sich unterwinden:~を引き受ける、思い切って敢行する

Der Allumfasser,
(デア・ルウムファッサー)
それは、すべてを包括する者

Der Allerhalter,
(デア・ラールター)
そして、すべてを支え保つ者

Fasst und erhält er nicht
ファストゥ・ウントゥ・エアルトゥ・エア・ヒトゥ)
Dich, mich, sich selbst?
ディッヒ・ミッヒ・ズィッヒ・ルプストゥ)
それは、お前を私を、そして、その者自身をも
そのすべてを包み込んでまるごと支えているではないか?

Wölbt sich der Himmel nicht da droben?
ヴェルプトゥ・ズィヒ・デア・ンメル・ヒトゥ・ダー・ドーベン)
天空は遥かな高みへと向けて半球状に広がり

wölben sich:アーチ形になる、丸天井(ドーム)のようにかかる

Liegt die Erde nicht hierunten fest?
ークトゥ・ディー・アデ・ニヒトゥ・ヒアンテン・フェストゥ)
大地はこの足元にしっかりと根付いている。

Und steigen freundlich blickend
(ウントゥ・シュイゲン・・フイントリヒ・ブッケントゥ)
Ewige Sterne nicht herauf?
ーヴィゲ・シュルネ・ニヒトゥ・ヘオフ)
そして、永遠なる星々が明るく温かな眼差しをこちらへと向けながら上空へとのぼっていく。

Schau ich nicht Aug in Auge dir,
シャオ・イヒ・ニヒトゥ・オク・イン・オゲ・ディーア)
こうしてお前と向かい合い、互いの目と目を見つめ合っていると

Auge in Auge:向かい合って、ひざをつき合わせて

Und drängt nicht alles
(ウントゥ・ドンクトゥ・ニヒトゥ・レス)
Nach Haupt und Herzen dir,
(ナハ・オプトゥ・ウントゥ・ルツェン・ディーア)
すべてのものがお前の頭と心の内へと迫ってきて

Und webt in ewigem Geheimnis
(ウントゥ・ヴェープトゥ・イン・ーヴィゲム・ゲイムニス)
Unsichtbar sichtbar neben dir?
ンズィヒトバール・ズィヒトバール・ーベン・ディーア)
目に見えぬ形で、そして、目で見るように明らかに
永遠の神秘がお前のすぐそばで働きだすのだ。

weben:機を織る、動く、活動する

Erfüll davon dein Herz, so groß es ist,
(エアフュール・ダフォン・イン・ルツ・ゾー・グース・エス・イストゥ)
お前の心をその感覚でいっぱいに満たすがいい。

so groß es istesはその直前のdein Herzを示していて、直訳すると「お前の心の大きさと同じくらい」といった意味になる。

Und wenn du ganz in dem Gefühle selig bist,
(ウントゥ・ヴェン・ドゥー・イン・デム・ゲフューレ・ーリヒ・ビストゥ)
そして、お前のすべてが至福の感情によって満たされきった時、

Nenn es dann, wie du willst,
ン・エス・ダン・ヴィー・ドゥー・ヴィルストゥ)
今度はそれをお前の心が望むままに名づけてみるがいい。

Nenn’s Glück! Herz! Liebe! Gott!
ンス・グリュック・ルツ・ーベ・ットゥ)
それは幸福であると、であると、であると、
あるいは、それはであると。

Nenn’sNenn esの短縮形。

Ich habe keinen Namen
ッヒ・ハーベ・イネン・ーメン)
私はそれをいかなる名によっても名づけることができない

Dafür! Gefühl ist alles;
(ダフューア・ゲフュール・イストゥ・レス)
名ではない。感情こそがすべてなのだ

Name ist Schall und Rauch,
ーメ・イストゥ・シャル・ウントゥ・オホ)
Umnebelnd Himmelsglut.
(ウムーベルントゥ・ンメルスグートゥ)
名前などというものは、天界に輝く炎をおぼろげに包む煙やこだまのようなものにすぎないのだから。

Schall は「音」Rauchは「煙」の意味で、Schall und Rauch消えゆくもの、はかないものの例えとして用いられる。

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ファウストが最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩の全文和訳

そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、改めて該当箇所の全文和訳を記す形でまとめ直すと以下のようになります。

・・・

ファウスト:

私が神を信じるかだって?
そんなことは聖職者か賢者にでも尋ねてみるがいい

彼らからは問うた人をただ愚弄するような答えしか返ってこないのだから。

マルガレーテ:

それではあなたは神様をお信じにならないの?

ファウスト:

私の言葉を聞き違えてはいけない。愛しき人よ。

誰がその者を名づけることができるだろう?
そして、誰がこう断言することができるというのだろう?
私はその者を信じると。

そして、何かを感じているのなら、
誰がこう言い切ることができるというのだろう?
私はその者を信じないと。

それは、すべてを包括する者
そして、すべてを支え保つ者

それは、お前を私を、そして、その者自身をも
すべてを包み込みまるごと支えているではないか?

天空は遥かな高みへと向けて半球状に広がり
大地はこの足元にしっかりと根付いている。
そして、永遠なる星々が明るく温かな眼差しをこちらへと向けながら上空へとのぼっていく。

こうしてお前と向かい合い、互いの目と目を見つめ合っていると
すべてのものがお前の頭と心の内へと迫ってきて

目に見えぬ形で、そして、目で見るように明らかに
永遠の神秘がお前のすぐそばで働きだすのだ。

お前の心をその感覚でいっぱいに満たすがいい。
そして、お前のすべてが至福の感情によって満たされきった時、
今度はそれをお前の心が望むままに名づけてみるがいい。

それは幸福であると、であると、であると、
あるいは、それはであると。

私はそれをいかなる名によっても名づけることができない
名ではない。感情こそがすべてなのだ

名前などというものは、天界に輝く炎をおぼろげに包む煙やこだまのようなものにすぎないのだから。

・・・

次回記事:「見るために生まれ」塔守のリュンコイスの詩で歌われる世界の美しさ、リュンコイスの詩①、『ファウスト』の和訳⑧

前回記事:ファウストと悪魔メフィストフェレスの魂の契約の場面の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑥

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