「ちぢむ!!」で描かれる自然の摂理に背いても命を救い続けるブラック・ジャックの心の叫びと神から人間への警告としての病気
前回までのシリーズでは、手塚治虫の『ブラック・ジャック』の中で、ブラック・ジャックの恩師である本間先生の言葉や刀鍛冶の名工である馮二斉の手紙などを通じて語られている人知を超えた生命の神秘、命の尊厳、さらには仏教の悟りや諦観にも通じるような死生観のあり方について考えてきました。
しかし、物語の主人公であるブラック・ジャックは、こうした本間先生や馮二斉が語るような人間の生き死についてある意味で達観したような立場から自らの医療行為を行っているわけでは必ずしもなく、
むしろ、『ブラック・ジャック』という物語全体を通しては、神仏、あるいは、自然そのものの摂理によって定められた人間の死に対しても最後まで抗い、どこまでも人間の命を救い続けることに貪欲であり続けようとする情熱的なブラック・ジャックの姿が描かれていると考えられることになります。
病気が自然の仕組みによって必然的に生み出されるという戸隠先生の問い
神仏や自然そのものの摂理によって定められた生命のあり方に対して背いてでも目の前の人間の命をひたすら懸命に救おうとし続けるブラック・ジャックの姿が描かれている代表的なエピソードとしては、例えば、「ちぢむ!!」と題される回のエピソードが挙げられることになります。
「ちぢむ!!」(『ブラック・ジャック』秋田書店、新書版第6巻、第51話、87頁~)の回では、
ブラック・ジャックは、若き日に自分が教えを受けた恩師の一人でもあり、アフリカで人道支援活動を行っている医師である戸隠先生の依頼を受けて、
アフリカの奥地で流行している原因不明の風土病の治療法を見つけるために、自らその土地を訪れるところから物語が始まることになります。
戸隠先生の説明によると、この地で流行している病気とは、組織萎縮症の一種であり、
その後の研究によって、動物であれ、人間であれ、症状があらわれると、全身の細胞が原型を保ったまま大きさだけがどんどん小さくなっていき、古い細胞も新しくなっていくというように、まるで成長が逆行していくような形で体が縮んでいく病気であることが明らかになっていきます。
この地で長く治療研究を行ってきた戸隠先生もいつしかこの病に倒れ、身長30cmほどの赤ん坊の体と変わらないような状態にまで縮んで昏睡状態へと陥ってしまうことになるのですが、
そのような瀕死の状態の中で、戸隠先生は、この病気が飢饉の状態にあるような異常状態にある地域においてのみ発生していることから、
こうした病気は、生物が飢饉のような異常事態に対応するために、自然の仕組みの中で必然的に生まれてくるものではないのか?という問いを発することになります。
神から人間への警告としての病気とブラック・ジャックの心の叫び
その後、ブラック・ジャックは、病気にかかった動物から免疫血清を分離することに成功し、この病気に対する血清療法による治療法を発見することによって、この風土病自体は流行の終息を迎えることになるのですが、
すでに病状が末期まで進行してしまった戸隠先生を救うことはできず、戸隠先生は、この病気は神から人間に対する一つの警告のしるしだったのではないか?という言葉を残して息を引き取ってしまうことになります。
つまり、
飢饉のような異常事態に襲われている地域だけに流行が発生しているこの病気は、医療技術を含む様々な科学技術の発展によって進んで行く人口爆発や環境破壊に対する神や自然そのものからの一つの警告であり、
それは、このままどんどん果てしなく人口増加が進んで行くとするならば、地球上の限られた資源を生きもの全部に分かち合うために、人間一人一人の体の方を無理やりにでも小さくしていくほかなくなるという意味を伝えるための警告として解釈することができるということです。
そして、こうした戸隠先生が投げかけた問いかけに応じるように、
赤子のようになった戸隠先生の亡骸を胸にいだきながら、アフリカの澄んだ夜空を見上げるブラック・ジャックは、独り、以下のような言葉を語ることになります。
「神さまとやら!あなたはざんこくだぞ」
「医者は人間の病気をなおしていのちを助ける!」
「その結果、世界中に人間がバクハツ的にふえ、食料危機がきて何億人も飢えて死んでいく」
「そいつがあなたのおぼしめしなら…」
「医者はなんのためにあるんだ」
そして、以上のようなブラック・ジャックの心からの叫びの声を残して、この回の話は終わりを迎えることになるのです。
・・・
次回記事:「二人の黒い医者」におけるドクター・キリコとの対決と運命に抗っても人間の命を救い続けるブラック・ジャックの悲壮な決意
前回記事:本間先生の言葉と馮二斉の手紙の文面の関係と琵琶丸とブラック・ジャックという二人の異端の医師の再会
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