「二人の黒い医者」におけるドクター・キリコとの対決と運命に抗っても人間の命を救い続けるブラック・ジャックの悲壮な決意
神業のような手術の対価として高額の報酬を求める闇医者であるブラック・ジャックは、世間から身を潜め、社会の片隅に生きる影の存在として位置づけられることになりますが、
それと同時に、口では金のために手術を引き受けていると言いながら、常に目の前の患者の命を救い続けることに全力を尽くすブラック・ジャックの姿は、
どんな絶望的な状態からでも患者に生きる希望を与えてくれるという意味では光の存在としても捉えられることになります。
そして、それに対して、
ブラック・ジャックと同じく患者に対して高額の報酬を求める闇医者であり、さらに、高度な安楽死の技術によって人を死へと導くドクター・キリコは、
同じ裏世界に生きる黒い医者の中でも、さらに暗い場所に住む闇の存在として位置づけられることになります。
こうしたブラック・ジャックとドクター・キリコという互いに対極に位置する存在である二人の対決は、『ブラック・ジャック』全編を通して数多く現れてくることになりますが、
その中でも、二人の思想と信条の対決が前面へと押し出される両者の対立の象徴的なエピソードとしては、「二人の黒い医者」と題される回の話が挙げられることになります。
一人の患者をめぐる二人の黒い医者への依頼
「二人の黒い医者」(『ブラック・ジャック』秋田書店、新書版第9巻、第79話、51頁~)の回では、
ある新幹線の駅で、犬猿の仲であるブラック・ジャックとドクター・キリコの二人がばったり出くわしてしまうことから物語が始まることになりますが、
後になって、この二人の医者は、家に表通りからトラックが飛び込んでくるという悲惨な事故によって全身不随となってしまった女性患者に対する治療をめぐって、それぞれ別の人物からの依頼によってこの町を訪れていたことが明らかとなります。
ドクター・キリコは、一生身動きのできない状態のまま苦しみ続け、子供たちの負担になって生きながらえるよりも、キリコの助けを借りて、このままそっと安らかに息を引き取たいと願う女性患者自身の依頼によって、
女性の死後に受け取れる手はずとなっている生命保険の内から100万円を受け取ることを対価にこの患者に安楽死を施そうとすることになります。
それに対して、
ブラック・ジャックの方は、不自由な体に苦しむ母親をなんとしても助けようとして日本中を探し歩いて彼のもとへとたどり着いた女性患者の二人の子供たちからの依頼によって、
子供たちが必死に働いて貯めた100万円を受け取ることを対価に、母親の命を救い元通りに体を動かせるようにするために成功率が極めて低い大手術を行うことを引き受けることになるのです。
運命に抗う人を嘲笑う死の悲劇とブラックジャックの心の誓い
患者を安楽死させるのか、イチかバチかの大手術に賭けるのかで言い争いとなる二人の医者は、
最終的に、まずはじめにブラック・ジャックが患者の手術に取りかかり、手術が成功したならばそのまま報酬として100万円を受け取り、
もしその手術が失敗に終わったならば、ドクター・キリコが後を引き継ぎ、彼女を安楽死させるという契約を全うしたうえで100万円も彼のものとなるという条件で、手術が始まることになります。
そして、
今回もブラック・ジャックの神がかり的な医療技術と何が何でも患者を救おうとする強い意志によって、難易度の極めて高い大手術はついに成功をおさめ、二人の黒い医者の対決は、ひとまずブラック・ジャックの勝利に終わることになり、
お役御免となったドクター・キリコは、「生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ。それを人間だけがむりに生きさせようとする。どっちが正しいかねブラック・ジャック」という意味深な言葉を残して、ブラック・ジャックのもとを去ろうとすることになります。
・・・
しかし、この回の『ブラック・ジャック』のエピソードはここまででは終わらず、
エピローグのシーンで、二人の医者が別れ、互いに反対の道へと歩いていこうとするその間際に、病院で患者に付き添っていた医師から彼らのもとに突然の知らせが届くことになります。
そして、その場で、
ブラック・ジャックの手によって助けられた母親と二人の子供たちを乗せた病院車がトラックと正面衝突して、親子三人とも亡くなってしまったという救いようのない悲劇の知らせが告げられ、
この知らせを聞いたドクター・キリコは、本来死ぬ定めにあったはずの一人の患者の命を救おうとしたばかりに、死ななくてもよかったはずの二人の子供たちの命も含めた三人の命が結果として失われることになってしまったという運命の皮肉を嘲笑うかのように、大きな笑い声を上げることになるのですが、
こうして高笑いしながら石段を登って去って行くドクター・キリコの後姿をにらみつけながら、ブラック・ジャックは、以下のように語ることになります。
「それでもわたしは人を治すんだ」
「自分が生きるために!!」
そして、以上のような自らの心に誓うようにして放たれたブラック・ジャックの悲壮な決意の言葉を残して、この回の話は終わりを迎えることになるのです。
・・・
次回記事:ドクター・キリコが違法な安楽死を行う死の医者となった理由とは?キリコの原点にある軍医としての戦争体験
前回記事:「ちぢむ!!」で描かれる自然の摂理に背いても命を救い続けるブラック・ジャックの心の叫びと神から人間への警告としての病気
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