行動の習慣化に基づく人間の心の恒常性の柔軟で自発的な変化のバランス、人間の心における恒常性とは何か?②
前回書いたように、
その人自身の習慣や人格のあり方を否定することや、その人自身の心のリズムに真っ向から逆らって、精神活動のサイクルを長期間にわたって乱してしまう行為は、人間の心の恒常性を大きく乱すことへとつながり、
そうした心の恒常性の破綻は、神経症や精神疾患、さらに最終的には、人格の崩壊や自殺といった悲劇的な結果を招くことへとつながりかねない重大な危険性をはらむ事態であると考えられることになります。
しかし、その一方で、
こうした人間の心における恒常性のあり方は、その人に固有の生得的な恒常性のあり方が維持されるのか、それとも恒常性に破綻をきたしてしまうことになるのかという両極的で硬直的なあり方だけをとるわけではなく、
人間の精神、あるいは、生命自体における恒常性のあり方には、自らの恒常性のあり方を自らの意志に従って自発的に変容させていく柔軟な側面もあると考えられることになります。
行動の蓄積と習慣化による身体の恒常性の変化
人間あるいは生物全体における恒常性のあり方について考えていくために、まずは、より分かりやすい例として、身体の恒常性について考えてみることにします。
すると、例えば、
運動不足の人が久しぶりにジョギングをすると、短い距離でも息切れをして非常にしんどい思いをすることになってしまう理由は、
普段は意識的に運動はせずに、外出も通勤や買い物なのとき以外にはあまりしないといった日々の行動が積み重なっていくことによって、こうした運動不足の行動パターンが習慣化している状態、
すなわち、運動不足という身体の恒常性が築かれ、それが維持されてしまっているということに原因があると考えられることになります。
それでは、
こうした身体の恒常性を変化させるには具体的にどのようなことをすればいいのか?というと、
意識的な運動は一切しないという行動パターンの蓄積によって運動不足という身体の恒常性が築かれてしまった以上、
その反対となる行動を意識的に取り入れ、その行動を習慣化していくことによって身体の恒常性を変化させていくことが可能となると考えられることになります。
そして、こうした考え方に従って、
日々の生活に意識的に早歩きやジョギングなどの運動を取り入れるという行動を毎日のように積み重ねていき、それが習慣となると、
今度はむしろ、外に出ないで一日中家にいるような日があるとかえって調子が狂ってしまうというように、継続的に運動するのが当たり前であるというより好ましい新たな身体の恒常性が築かれていくことになります。
つまり、上記のようなケースでは、
当人の意志に基づく行動の積み重ねによって、運動不足という古い恒常性の状態が、継続的に運動するという新しい恒常性の状態へと自発的に変化したと考えられるということです。
新しい恒常性のあり方への自らの意志に基づく自発的で能動的な進展
以上のように、
人間における身体の恒常性は、体質といった生得的な条件の他に、日々の行動の習慣化という自らの意志によって自発的に変えていくことが可能な後天的要因が加わることによって形成され、ある程度意識的に変化させていくことが可能なあり方をしている考えられることになります。
そして、それと同様に、
自らの意志に基づく日々の具体的な行動の積み重ねによって、人との接し方の習慣や、自分自身の物事の考え方の習慣が徐々に変化していくことにより、
人間の心の恒常性においても、古い恒常性のあり方から新しい恒常性のあり方への変化が生じ、習慣や人格のあり方がより好ましい方向へと自発的に変化していくことは可能であると考えられることになります。
つまり、
それが自分自身の心のリズムに真っ向から逆らうような変化や、他者から無理やり強制されるような変化ではなく、自分自身の意志によって選び取られた変化のあり方である限り、
人間の心の恒常性は、常に一つの状態へととどまり続けようとするだけの硬直的なあり方をしているわけではなく、
次の目標となる新たな恒常性のあり方へと向かって、能動的かつ自発的に変容していくことができるという柔軟性をも兼ね備えた機能を持っていると考えられるということです。
そうすると、ここで、
こうした心の恒常性の変化は、どのくらいの期間に、どの程度の範囲まで無理なく進展していくことが可能なのか?ということが問題となることになりますが、
人間の心の恒常性が、その人自身の生得的な気質、より具体的に表現すると、その人の心に内在する固有のリズムに基づいて形成され、その人自身の意志によって自発的に変化していくものである以上、
その恒常性の改善のあり方や、改善へと向けた変化のスピードについても、その適切なあり方を正確に見極めることができるのは、やはりその人自身の心だけであると考えられることになります。
つまり、
人間の心における既存の恒常性の維持と、より優れた自分自身の理想のあり方へと向けられた新たな恒常性への進展との間の適切なバランスのとり方は、
場合によっては、カウンセリングや、信頼できる家族や友人との対話なども手がかりとしながら、
最終的には、無意識の領域をも含めた自分自身の心との深い対話を積み重ねていくことによってのみ見極めていくことができる問題であると考えられることになるのです。
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以上のように、
人間の心や精神における恒常性は、基本的には、自らの心の固有のリズムに従って、その人に固有の精神活動のサイクルや人格のあり方が保たれることによって維持されていくことになりますが、
そうした人間の心の恒常性は、決して、一つの恒常性のあり方へと永久にとどまり続けようとする硬直的で受動的な恒常性のあり方をしているわけではなく、
それは、自らの意志によって自分自身の恒常性のあり方に常に改善を求め続け、新たなバランスを求めて常に進化し続ける自発的で柔軟な恒常性のあり方をしていると考えられることになるのです。
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次回記事:生物における成長と進化の概念と恒常性の原理との関係、生命とは何か?⑤
前回記事:人間の心における恒常性とは何か?①、心の恒常性の破綻としての神経症と身体の恒常性の破綻としての病気
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