世界最古のアルファベットとフェニキア文字からギリシア文字、ローマ字までの発展の歴史、音素文字の細分化②
アルファベットはどこから発祥したのか?
世界最古のアルファベットは何だったのか?
という問いについては、
エジプトのシナイ半島を中心に使われていた
原シナイ文字を起源とする説と、
パレスチナのカナン地方に住んでいたカナン人が使っていた
原カナン文字を起源とする説の
二つの説がありますが、
いずれにせよ、
これらの古代エジプト文明の北西に位置する
シナイ半島やパレスチナといった中東の諸地域で、
世界ではじめての音素文字としての
広義におけるアルファベットが誕生することとなります。
そして、
こうした古代のアルファベットが
フェニキア文字の地中海世界全体への普及を介して、
古代ギリシア文字や、現代のローマ字へと
つながっていくことになるのです。
今回は、
こうしたアルファベットと音素文字の発展の歴史について
詳しくひも解いていきたいと思います。
原カナン文字と原シナイ文字の発祥とフェニキア文字の誕生
音素文字としてのアルファベットの歴史をさかのぼっていくと、
それは、
紀元前18世紀~紀元前16世紀頃に誕生した
原カナン文字(Proto-Canaanite alphabet)や
原シナイ文字(Proto-Sinaitic script)と呼ばれる
エジプトやパレスチナ地方の諸地域で使われていた
文字に行き着くと考えられますが、
こうした古代のアルファベットは、
古代エジプト文明の影響を受けつつ、
エジプトのヒエログリフ(hieroglyph、神聖文字)が示す文内容を
より簡略な形で表記することを目的として作り上げられていったと考えられます。
その後、
紀元前15世紀頃になると、原シナイ文字からは、
シリア北部の古代都市国家ウガリットが使用していた
ウガリット文字(Ugaritic alphabet)が生まれ、
それよりだいぶ後の紀元前11世紀になると、
原カナン文字をもとにして、
より洗練された音素文字の体系である
フェニキア文字(Phoenician alphabet)が新たに創り出されることになるのです。
フェニキア文字の地中海世界への伝播とギリシア文字、ローマ字への発展
紀元前1200年前後ににはじまる
「海の民」の侵攻によって、
アナトリア地方(現在のトルコ)に栄えたヒッタイト帝国や、
古代ギリシアのミケーネ文明といった
地中海世界の古代文明大国と共に、
最初期のアルファベットを保有していた
ウガリットやパレスチナ地方の古代都市国家群も
次々に滅亡していくことになりますが、
その後、
こうした古代文明のアルファベットの遺産は、
古代文明滅亡後の地中海世界の海上貿易を担った海洋民族である
フェニキア人へと引き継がれていくことになり、
フェニキア人が創り上げたフェニキア文字は、
地中海世界の貿易を通じて、
東地中海沿岸の中東、アナトリア、エーゲ海の島々から、
ギリシアのペロポネソス半島、そして北アフリカのカルタゴといった
地中海世界全域へと伝播していくことになります。
そして、
紀元前9世紀になると、
地中海世界全体に広く流通していたフェニキア文字をもとにして、
古代ギリシア人の手によってギリシア文字(Greek alphabet)が作られ、
ここにおいて、
すべての母音と子音が音素文字として表記される
狭義における完全なるアルファベットが
完成することになるのです。
その後、
世界初の狭義における完全なるアルファベットである
ギリシア文字は、さらに古代イタリア世界へと伝播していき、
紀元前8世紀頃には、ギリシア文字に基づいて、
当時、トスカナ地方を中心とするイタリア半島中西部に住んでいた
エトルリア人の言語を表す文字である
エトルリア文字(Etruscan alphabet)が生まれ、
そして、
紀元前7世紀になると、ついに、
現代のヨーロッパとアメリカ大陸で広く使用されている
世界で最も多く使用されている文字であり、
日本ではローマ字(Roman alphabet)と呼ばれることが多い、
ラテン文字(Latin alphabet)が
ギリシア文字に基づいて
新たに作り出されることになるのです。
・・・
以上のように、
音素文字としての広義におけるアルファベットは、
紀元前18~16世紀頃の原シナイ文字や原カナン文字にはじまり、
紀元前11世紀のフェニキア文字の誕生と、
その文字体系の地中海世界全体への伝播を通じて、
紀元前9世紀のギリシア文字、さらには、
紀元前7世紀のローマ字(ラテン文字)の誕生へと
つながっていくことになります。
そして、
子音を表す文字と母音を表す文字の両方を持つ文字体系としての
狭義におけるアルファベットの完成が
紀元前9世紀のギリシア文字の誕生をもって
達成されたと考えられるのに対して、
それ以前のフェニキア文字を筆頭とする
原カナン文字、原シナイ文字、そしてウガリッド文字といった
広義における古代のアルファベットのすべては、
母音と子音の両方を文字として表記する
狭義におけるアルファベットではなく、
アブジャドと呼ばれる子音のみを文字として表記する
音素文字の体系に区分されることになります。
前回と今回の考察で、
アルファベットの語源とその起源については
一通り考えたところで、
次回は、こうしたアブジャドやアブギダとよばれる
狭義におけるアルファベットとは別の音素文字の体系における
文字の表記システムについて詳しく考えていきたいと思います。
・・・
このシリーズの前回記事:アルファベットの語源と広義と狭義におけるアルファベットの違いとは?音素文字の細分化①
このシリーズの次回記事:アルファベットとアブジャド(フェニキア文字)の表記システムの違い、音素文字の細分化③
「言語学」のカテゴリーへ