ヘラクレスの「十の難行」と「十二の功業」の違いとは?デルポイの巫女が告げる十の仕事とミケーネの王が除外した二つの仕事
前々回 と 前回 の記事で書いてきたように、ギリシア神話に登場する英雄ヘラクレスが成し遂げたとされる様々な偉業のなかでも、最も有名なものとしては、
彼がミケーネの王であったエウリュステウスのもとに仕えていた時に行ったとされるヘラクレスの十二の功業と呼ばれる偉業が挙げられることになるのですが、
こうした「十二の功業」と呼ばれる物語は、数が二つ減った「十の功業」や「十の難行」といった言葉でも語られることがあります。
それでは、このように、ヘラクレスが成し遂げたとされる功業の数が同じギリシア神話の物語のなかでも、十個と言われたり十二個と言われたりすることがあるのには、具体的にどのような理由があると考えられることになるのでしょうか?
デルポイの巫女が告げるヘラクレスに与えられた「十の仕事」
そうすると、まず、
ギリシア神話の物語なかでは、英雄ヘラクレスがデルポイの神託によって示された神々によって定められた運命の導きによって、世の人々のために功業を成し遂げる道へと進んで行くことになる場面は、
具体的には、以下のような形で語られていくことになります。
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デルポイに赴き、どこに居住すべきかを神に問うた。
ピュートーの巫女はこの時初めてヘラクレスと彼を呼んだ。というのはそれまではアルケイデスと呼ばれていたからである。
彼は、ティリュンスに住み、エウリュステウスに十二年間奉仕して、命ぜられる十の仕事を行い、かくして、と巫女は言った、
功業が完成した後に、彼は不死となるであろう、と。
(アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫、89ページ)
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つまり、上記のギリシア神話における記述にあるように、
デルポイのアポロン神殿に仕えるピュートーの巫女たちがヘラクレスに対して告げた神託の言葉のなかでは、
この時点において、ヘラクレスは、エウリュステウスに仕える十二年の間に彼に命じられることになる「十の仕事」、すなわち、「十の難行」または「十の功業」を成し遂げることを定められていたと考えられることになるのです。
エウリュステウスによって「除外された二つの仕事」とヘラクレスの「十二の功業」
そして、その後、ヘラクレスは、
デルポイの神殿で告げられた神託の言葉に従って、ミケーネの王エウリュステウスに命じられた通りに、
ネメアの獅子とレルネーのヒュドラ退治、ケリュネイアの鹿とエリュマントスの猪の生け捕り、アウゲイアスの家畜小屋の掃除、
ステュムパロスの鳥退治とクレタの牡牛の捕獲、ディオメデスの人喰い馬とアマゾンの腰帯の強奪、そして、ゲリュオネスの紅の牛の捕獲という全部で十の難行を順番に成し遂げていくことになるのですが、
こうしてヘラクレスが十の難行をやり終えた時に、
エウリュステウスは、ヘラクレスが二番目に行った功業にあたるレルネーのヒュドラ退治において、自分一人の力だけではなく、
彼の従者であったイオラオスの力を借りて、彼にヘラクレスがたたき落としたヒュドラの首の根元を炎で焼き払らわせて、新しい頭が生えてくるのを妨げることによって、この怪物退治を成し遂げることになったので、
この功業は、彼自身の力だけで成し遂げられたヘラクレス個人の功業としては認めることはできないと判断して、この仕事を神託の言葉においてヘラクレスが成し遂げることを定められた十の功業のうちからは除外してしまうことになります。
そして、さらに、エウリュステウスは、
ヘラクレスが五番目に行った功業にあたるアウゲイアスの家畜小屋の掃除についても、この仕事においてヘラクレスが家畜小屋の所有者であったアウゲイアス王から仕事の報酬を受け取る約束をとりつけていたことを問題として、
この仕事はあくまでアウゲイアスとの間の契約において報酬の対価として行われた仕事に過ぎないので、それはデルポイの神託の言葉に基づいてミケーネの王である自分の命令に従ってなされた功業として認めることはできないとして、やはり十の功業のうちからは除外してしまうことになります。
そして、このようにして、
先に行った十の功業のうちから、エウリュステウスによって、レルネーのヒュドラ退治とアウゲイアスの家畜小屋の掃除という二つの功業が除外されたことによって、
その後、ヘラクレスは、
ヘスペリデスの黄金の林檎の獲得と、地獄の番犬ケルベロスの捕獲という二つの功業を新たに行っていくことになります。
そして、以上のように、
ヘラクレスがデルポイの神託において定められた仕事を完遂したことをエウリュステウスによって認められることになった
ネメアの獅子、ケリュネイアの鹿、エリュマントスの猪、ステュムパロスの鳥、クレタの牡牛、ディオメデスの人喰い馬、アマゾンの腰帯、ゲリュオネスの紅の牛、ヘスペリデスの黄金の林檎、地獄の番犬ケルベロスという十の功業に加えて、
エウリュステウスによって除外されてしまったレルネーのヒュドラとアウゲイアスの家畜小屋という二つの功業ものちにヘラクレスが成し遂げた偉業の内に数え上げられていくことによって、
こうしたヘラクレスがミケーネのエウリュステウスのもとに仕えていた時に成し遂げたとされている全部で十二の仕事が、のちに、ヘラクレスの十二の功業として広く知れ渡っていくことになっていったと考えられることになるのです。
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次回記事:十二の功業の冒険の旅を通じてギリシアという地域の英雄から神にも並ぶ至高の英雄へと昇りつめていくヘラクレスの姿
前回記事:ヘラクレスの十二の功業とは?②遠い異国と世界の果ての伝説の島そして冥界をめぐる五つの功業の概要と旅の終わり
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