「津波てんでんこ」と「隗より始めよ」の関係とは?両者に共通する人間の同調性の心理に働きかける効果的な説得方法
「津波てんでんこ」という言葉は、一言でいうと、津波が起きた時などの緊急事態においては、各自がてんでんばらばらになっても自分一人の命を守るのに最適な行動をとろうとすることがかえって他の人々の命を助けることにもつながるという
緊急事態における避難行動の指針となる考え方を示している言葉であると考えられることになります。
そして、
こうした「津波てんでんこ」という言葉において示されている考え方には、「隗より始めよ」といった古代中国の故事において語られている処世術のあり方にも共通する人間心理の普遍的な構造のあり方が示されているとも考えられることになるのです。
「津波てんでんこ」において一人一人が行う自発的な避難行動が周りの他の人々の命を救うことにもつながる理由とは?
冒頭で挙げた「津波てんでんこ」という言葉は、もともと岩手県の釜石市などの三陸地方において古くから伝えられてきたという「津波が起きたら命てんでんこだ」といった言葉が、
津波などの災害対策における一般的な標語として用いられるようになることによって広く知られるようになっていった言葉であり、
こうした標語の内に含まれている「てんでん」という言葉が、「てんでんばらばら」というように、一人一人の人間がバラバラになって自分勝手に振る舞うことを意味する言葉であるように、
それは、一見すると、津波やテロなどが発生した緊急事態においては、他者のことを見捨ててでも自分の命をまず第一に優先にして逃げのびるのが得策であるといった利己的な行動指針のあり方を示しているようにも解釈することができると考えられることになります。
しかし、例えば、
津波などの重大な危険が差し迫っている場合でも、
なるべく日常生活の範囲内の出来事として認識しようとすることによって都合が悪い情報は無視してしまうという正常性バイアスなどが働くことにより、
言葉だけで避難を呼びかけても、それだけではなかなか他の人々が実際の避難行動をすぐにとってくれないケースがあるように、
そうしたケースにおいては、むしろ、避難を呼びかけている人自身がすぐに自ら率先して避難行動をとって自分の命の安全を確保した方が、それにつられて周りの他の人々も避難行動をとってくれるようになり、かえって、地域全体の迅速な避難行動へとつながることになると考えられることになります。
つまり、こうした「津波てんでんこ」という言葉において示されているように、
自分がまだやってもいない避難行動を言葉だけで他者に勧めるよりも、自らが率先して実際に避難しているという行動を見せる方が、異常事態が進展しているという事実を伝えるのに説得力が増していくことになり、
そうした一人一人が行う自発的な避難行動を実際に目にすることで、周りの他の人々の正常性バイアスが打破されることによって、結果的には、他者の命を救うことにもつながると考えられることになるのです。
「津波てんでんこ」と「隗より始めよ」に共通する人間の同調性の心理に働きかける効果的な説得方法のあり方とは?
そして、
こうした一人一人が率先して行う一見すると自分の利益を優先する利己的にも見える行動によって、その行動を他者にも勧めている当人の言葉の説得力が増し、それが結果として、社会全体の利益にもつながっていくという人間社会の構造のあり方については、詳しくは前々回の記事で書いたように、
「隗より始めよ」といった古代中国の故事においても同様の人間心理の捉え方が示されていると考えられることになります。
「隗より始めよ」という言葉は、一般的には、物事は言い出した者から始めるべきであるといった意味を表す言葉として用いられていて、
そうした考え方からは、一般的には、倹約や身を切る改革といった誰もあまり率先してやりたいとは思わないようなことを提案する場合には、
それを皆に実践してもらうためには、まずは言いだしっぺである当人が責任を持って自分の案を自ら率先して実践して見せることが必要であるといった自己犠牲的な精神が連想されることになりますが、
むしろ、
こうした「隗より始めよ」という言葉の由来となった古代中国の燕の国におけるもともとの故事におていは、そうした自己犠牲の精神とは正反対の説得方法のあり方が示されていて、
そこでは、
有能な人材を多く集めたいという燕王の求めに応じる形で策を唱えた先駆者である隗自身がまず先に率先して利益を得ることによって、その様子を見ていた様々な才能を持った他の人々もそれにつられて燕の国へと集まってくることになり、
そうした有能な人材が数多く集まることによって、社会全体が豊かになっていくというように、万人が得をしていくWin-Win(ウィンウィン)の関係になるといった意味で、こうした「隗より始めよ」という言葉が語られていると考えられることになります。
つまり、
有能な人材を集めるためには、単に言葉だけで厚遇することを約束するよりも、人材を集めようとしている隗自身が厚遇されていることを実際に示した方がその言葉自体の説得力が増していくことになり、
そうすることによって、周りの他の人々も、隗と同じように厚遇されたいと先を争って人材を集めようとする燕王の求めに応じてくれるようになると考えられるということです。
そして、そういう意味では、
こうした「津波てんでんこ」や「隗より始めよ」といった言葉においては、
人を説得しようとする時には、単に言葉だけでその行動をとるように説得するよりも、まずは、実際に自分が率先してその行動を実践し、
その行動がうまくいっていることを実際に見せることによって、相手に自分も同じような行動をしたいという思いを抱かされる同調性の心理に働きかけるといった説得方法が、
自分が利益を得ると同時に、他の人々をも自然に良い方向へと導いていくことにもつながる非常に効果的な説得方法となるということが示されていると考えられることになるのです。
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次回記事:原核生物と原生生物の違いとは?具体的な特徴の違いと両者に分類される代表的な生物の種類
前回記事:「隗より始めよ」と『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の関係とは?
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