細胞の自殺または安楽死としてのアポトーシスと他殺や事故死としてのネクローシス
前回書いたように、アポトーシスとネクローシスと呼ばれる二つの細胞死のあり方は、生物学的な特徴の違いとしては、
細胞全体の膨張と収縮のあり方や、DNAの断片化のされ方、細胞小器官の構造変化や、炎症反応の有無といった様々な点において具体的な相違点を見いだすことできると考えられることになります。
そして、
こうした両者の細胞死のあり方の本質的な違いについて一言でまとめると、
アポトーシスとは、生物の発生や成長のプロセスや細胞のガン化などの遺伝子異常といった内的な要因によって引き起こされる細胞内に予め組み込まれているプログラムに従った秩序立った自発的な細胞死のあり方であるのに対して、
ネクローシスとは、外傷や火傷、細菌感染、血流不全などの外的な要因によって引き起こされる偶発的で受動的な細胞死のあり方であると考えられることになるのですが、
それでは、こうしたアポトーシスやネクローシスと呼ばれる細胞死のあり方は、
自殺や他殺、事故死や病死、自然死や老衰、安楽死や尊厳死といった人間の死のあり方との対比で言うと、どのような死のあり方に一番近い死のあり方をしていると考えられることになるのでしょうか?
細胞の自殺としてのアポトーシスと事故死としてのネクローシスの違い
まず、
冒頭でも述べたように、アポトーシスとネクローシスと呼ばれる二つの細胞死のあり方の主要な性質の違いとしては、
アポトーシスが細胞の内的な要因によって引き起こされる自発的な死のあり方であるのに対して、
ネクローシスの方は外的な要因によって引き起こされる受動的な死のあり方であるという点が挙げられることになるのですが、
こうした細胞死のプロセスにおける原因の内在性と外在性、あるいは、自発性と受動性といった違いのあり方に着目した場合、ストレートに考えると、
アポトーシスは人間の死のあり方で言うと自殺に相当する死のあり方であり、それに対して、ネクローシスは他殺や事故死などに相当する死のあり方であるとも考えられることになります。
つまり、
アポトーシスが直接的には自らの内的な要因によって自発的に引き起こされる死であるという点において、それは、自らの意志で死を選び取る細胞の自殺のようなものとして捉えることができると考えられるのに対して、
ネクローシスは、外傷や火傷、細菌などの病原体による外部からの攻撃などの外的な要因によって突発的に引き起こされる死であるという点において、それは、自らの意志とは無関係に突発的な形で強制的にもたらされる他殺や事故死のような死のあり方であると捉えることができると考えられるということです。
安楽死や尊厳死に類する死のあり方としてのアポトーシス
しかし、
こうした細胞レベルにおけるアポトーシスと呼ばれる自発的な死のあり方と、個体としての人間における一般的な自殺としての死のあり方とを比べてみると、両者の間には一定の乖離と相違点もみられることになると考えられることになります。
例えば、
人間の自殺の場合は、それが熟慮を経て計画的に行われるケースだけではなく、突発的で衝動的な形で行われるケースも多くあると考えられることになりますし、
その方法によっては、苦痛が大きくとても穏やかな死のあり方であるとは言えないようなケースや、周囲の人間にも多大な犠牲や悪影響を及ぼしてしまうケースもあると考えられることになりますが、
それに対して、
細胞におけるアポトーシスとしての死は、細胞内に予め組み込まれているプログラムに従って確実な形で常に計画的に進められていくことになりますし、
その死のプロセスにおいては、細胞内のDNAや細胞小器官といった内部構造の損傷が最小化される形でコンパクトで穏やかな死のあり方が実現されていくことになります。
また、
アポトーシスによって完全に生命活動を停止した細胞は、アポトーシス小胞の形成とマクロファージなどによるその回収を通じて新しい細胞の再生のために利用されていくことになるので、
その死のあり方は、周囲の細胞に害を与えるどころか、むしろ、個体としての生命全体にとってその死が有益な形で還元される死のあり方でもあると考えられることになります。
つまり、そういう意味では、
こうした細胞の内部において予め組み込まれているプログラムに従って淡々と進められていくアポトーシスと呼ばれる自発的で能動的な細胞死のあり方は、
死んでいく細胞に無駄な破壊を生じさせることなく、近隣の細胞にも悪影響を与えずに、明確な生物学的な目的に基づいてもたらされるコンパクトで穏やかな死のあり方という意味においては、
それは、人間の死のあり方で言うと、単なる自殺というよりは、明確な目的意識に基づいて行われる安楽死に近い死のあり方をしているとも考えられることになるのです。
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以上のように、
アポトーシスとネクローシスと呼ばれる二つの細胞死のあり方は、
アポトーシスが直接的には自らの内的な要因によって自発的に引き起こされる死であるのに対して、
ネクローシスは外傷や細菌感染などの外的な要因によって突発的に引き起こされる死であるという点において、
一言でいうと、
アポトーシスとは人間の死のあり方で言うと自殺に相当し、ネクローシスは他殺や事故死に類するような死のあり方であるとも捉えることができると考えられることになります。
しかし、その一方で、
こうした二つの細胞死のあり方のうちの前者であるアポトーシスについては、
その死のすべての段階において秩序と統制が細胞の隅々にまで行き届いた死のあり方をしていて、細胞内において無駄な破壊などが生じることがなく、個体としての生命全体にとってむしろ有益な死のあり方をしているといった点においては、
それは単なる自殺を超えた死のあり方を意味しているとも考えられることになります。
ちなみに、
通常の細胞においてアポトーシスが発生するタイミングは、遺伝子異常によって細胞のガン化しつつあるケースや、ウイルスの感染によって細胞自体が乗っ取られそうになっているケースといった
細胞がそれ以上、自分自身の本来の姿を保つことができなくなり、細胞自身の本質的な役割を果たすことができなくなった時であると考えられ、
人体の内部における細胞たちは、自らがガン細胞となって制御不能となってしまったり、細胞全体をウイルスに乗っ取られて病原体の製造拠点とされてしまったりするような事態を避けるために、こうしたアポトーシスによる細胞死を選択していると考えられることになるのですが、
つまり、そういう意味では、
こうしたアポトーシスと呼ばれる細胞死のあり方は、
それ以上無理をして生き長らえることによって細胞自身が自らの存在の本質を見失ってしまう前に、細胞自身が自らの手で自死へと至るアポトーシスの道を選び取るという
人間の死のあり方で言うと、安楽死や尊厳死などと呼ばれる死のあり方に最も近い死のあり方をしていると考えられることになるのです。
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初回記事:アポトーシスとは何か?ギリシア語の語源と生物学的な七つの特徴
前回記事:アポトーシスとネクローシスの違いとは?八つの生物学的な特徴に基づく細胞死のプロセスのあり方の相違点
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