粘菌が「カビ」と呼ばれることもある理由とは?粘菌とカビの見た目における共通点と生物体の構造上の本質的な相違点
前回書いたように、粘菌とは、運動性の有無や、細胞壁の有無、栄養摂取方法の違いといった点において、カビやキノコといった真菌類とは大きく異なる性質を持った生物の一群であると考えられることになります。
しかし、その一方で、
粘菌に分類される生物の代表的な種類としては、ツノホコリカビや、ムラサキホコリカビといった菌類の名が挙げられることになるのですが、
こうした本来、真菌類に属するカビとは異なる生物のグループに分類されるはずの粘菌に属するツノホコリカビや、ムラサキホコリカビといった生物の種類が、
「~カビ」という名前で呼ばれることがある理由はどのようなところにあると考えられることになるのでしょうか?
粘菌とカビの見た目における共通点と生物体の構造上の本質的な相違点
「カビとキノコの違いとは?」の記事で書いたように、同じ真菌類に分類される生物の形態であるカビとキノコの形状を比べると、
カビの場合は、菌糸と呼ばれる個々の細胞列が、互いに連携を保ちながらまんべんなく広がっていくことによって、薄い膜状の平面的な形状が形成されていくのに対して、
キノコの場合は、そうした菌糸と呼ばれる細胞列の集合体が胞子形成のために特化してより密に集合していくことによって、傘状の形状や、お椀型の形態、球形や扇形といった様々な形をした立体的な厚みも持った複雑な形状の子実体が形成されていくことになるといった点に、
両者の具体的な形状の違いが見られると考えられることになります。
そして、
こうしたカビやキノコにおける生物体の形成のされ方と比べて、
粘菌の場合は、細胞分裂を伴わない核分裂を繰り返していく中で、一つの細胞の内に無数の核が存在する多核体の細胞の塊へと成長していくことになるのですが、
こうした粘菌の生物体の形状自体は、ゲル状の細胞が薄くまんべんなく広がっていく形で成長していくことによって、通常の場合、薄い膜状の平面的な形状をしている場合が多いと考えられることになります。
つまり、
このように、粘菌の形状が、人間が日常的に見ることができるカビやキノコといった通常の菌類でいうと、立体的な厚みも持った複雑な形状の子実体を形成するキノコよりも、薄い膜状の平面的な形状をとって増殖していくカビに近い見た目をしているといったことから、
ツノホコリカビや、ムラサキホコリカビといった粘菌に分類される生物の種類が「~カビ」という名前で呼ばれるようになっていったと考えられることになるのです。
・・・
しかし、その一方で、
そうした薄い膜状の平面的な形状をしているカビや粘菌の生物体の構造自体に目を向けてみると、
カビの場合は、一つ一つの菌糸がある程度独立性を保った状態で寄せ集まった形で一種のコロニー(群体)や複数の細胞の集合体のようなものが形成されることによって、そうした薄い膜状の平面的な形状が形づくられていくのに対して、
粘菌の場合は、基本的には、無数の核を持つ多核体となった細胞が巨大化していくことによって、そうした一つの細胞が単体で膜状の平面的な形状を形成していくことになると考えられることになります。
このように、
粘菌とカビというそれぞれの菌類のグループに属する生物たちは、
互いにまったく異なる生物体の構造を持ちながら、表面的には非常に似通った形状を形成していると考えられることになるのです。
「ツノホコリカビ」と「ツノホコリ」、「ムラサキホコリカビ」と「ムラサキホコリ」ではどちらの表記の方が正しいのか?
以上のように、
粘菌とカビとの間には、その形状や見た目といった点において、表面的にはかなり互いに似通った共通点が見られるものの、
生物としての機能や生態、生物体の構造といった本質的な部分においては、両者の間には生物としての具体的な存在のあり方に、互いに大きくかけ離れた相違点が存在すると考えられることになります。
ちなみに、このようなことと関連して、
近年の生物学的な分類においては、こうした粘菌とカビとの間の生物としての本質的な差異のあり方を重視して、
従来のように、粘菌に分類される生物に対して、「~カビ」といった真菌類であるカビとの混同を生じさせる表現は取りやめる傾向にあり、
冒頭で挙げたツノホコリカビや、ムラサキホコリカビといった粘菌に分類される代表的な菌類の種類についても、
生物学的な分類においては、従来の生物名から「~カビ」という部分を取り除いて、
単に、ツノホコリや、ムラサキホコリ、その他の粘菌の種類についても、サビホコリや、クモノスホコリ、ススホコリといった表現が用いられることの方が多くなってきたのですが、
その一方で、例えば、
単に「ムラサキホコリ」や「カビホコリ」などと言われると、そうした生物学的な前提知識がない場合は、
こうした言葉からは、具体的な生物のイメージよりも、紫色のほこりかすが浮かんでいる様子や、カビにほこりがついているといった状態を連想してしまうとも考えられるように、
このような表記のあり方は、生物学上の分類においてはより正確な名称の記述となっていると同時に、日常的に用いられる表現としては、名前を聞いただけでは、それがどのような生物なのか、あるいは、そもそも生物のことを意味している言葉なのかも分からない具体的な生物のイメージが伝わりにくい表記となってしまっているとも考えられることになります。
したがって、
粘菌に分類される生物の種類の名称については、名前の末尾に「~カビ」を付けずに、単に、ツノホコリや、ムラサキホコリ、サビホコリ、クモノスホコリ、ススホコリなどと記述する方が、
分類学的な誤解が生じにくい生物学的により正確な表記であると考えられることになるのですが、
その一方で、
日常的な表現としては、具体的な生物のイメージをより分かりやすく伝えるために、見た目が似ている同じ広義における菌類の別系統の種族である「カビ」の名を付して、
ツノホコリカビや、ムラサキホコリカビといった従来の表現を用いることも必ずしも誤りであるとまでは言えないと考えられることになるのです。
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次回記事:酵母とは何か?①日本語の「酵母」と英語の「イースト」の語源と、日常的な狭義の意味における酵母の定義
前回記事:粘菌(変形菌)とカビやキノコなどの真菌類を区別する三つの特徴の違いとは?
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