アリストテレスの著作編纂上の区分における「自然学の後に位置する考察」としての「メタピュシカ」、形而上学とは何か?⑥
前回書いたように、紀元前1世紀の時代にローマの将軍スラが率いるローマ軍が手にした戦利品の一つとしてアテナイからローマへと持ち去れたアリストテレスが残した草稿の写本や講義録といった文献は、
ローマの文法学者テュラニオンによって基礎的な資料の整理がなされたのちに、アリストテレスの流れを汲む哲学の学派であるペリパトス学派にもゆかりのある地であるロドス島出身の哲学者であったアンドロニコスの手によって、これらの種々雑多な文献の数々を一つの著作集へとまとめ上げるための編集と編纂の作業が進められていくことになります。
そして、そうしたアンドロニコスの手によって取りまとめられたアリストテレスの著作の分類の中に出てくる一連の著作群に対する名称として、
日本語では「形而上学」と訳されることとなる『タ・メタ・タ・ピュシカ(ta meta ta physika)』という古代ギリシア語の言葉が哲学史においてはじめて登場することになるのです。
アンドロニコスによる「アリストテレス著作集」の編纂とローマの図書館
紀元前39年にローマにはじめて公立図書館が設立されると、それに伴って、ローマ本においては、学術的な文書を含む様々な書物の一般公開や公刊が盛んに行われるようになっていきます。
そして、こうしたローマ本国における学問研究や文芸活動の活発化の流れに呼応するような形で、アンドロニコスの手によるアリストテレスの著作の編集作業も、紀元前40年前後の時代からはじめられたと考えられることになるのですが、
こうした著作の編集と編纂の作業は、その後、およそ二十年にもおよぶ長期にわたって入念な形で進められていくことになり、紀元前20年頃になってやっと一連の著作集の体系が完成し、それが「アリストテレス著作集」として刊行されることになったと考えられることになります。
そして、
こうしたアリストテレスの著作の編纂作業の過程においては、基本的には、時系列よりは、それぞれの文書が取り扱っているテーマ別の分類が重視されていくことになり、
まずは、一般的な学問の分類に沿った形で、それぞれの文書が取り扱っているテーマごとに著作の分類が行われていくことになります。
例えば、実際に、「アリストテレス著作集」の分類においては、
「論理学」、「倫理学」、「政治学」、「詩学」そして「自然学」といった著作区分がなされているのですが、
このように、アンドロニコスの手によるアリストテレスの著作の編纂においては、基本的に、上記のような個々の学問区分に対応する形でそれぞれの文書の分類が進められていったと考えられることになるのです。
著作編纂上の区分における「自然学の後に位置する考察」としての「メタピュシカ」
しかし、こうした形でアリストテレスの著作についての分類作業が進められていくなかで、
例えば、存在論や普遍概念、あるいは不動の動者としての神といった上記のような一般的な学問区分のいずれにも該当しないテーマについて書かれた一連の文書が手元に残ってしまうことになり、
アンドロニコスは、こうした通常の学問分野に分類することが不可能なテーマについての考察がなされている文書を新たな一つの著作区分としてまとめ上げたうえで、
そうして新たにできた著作のカテゴリーを、上記の「自然学」という著作区分の後の箇所に配置する形で著作集の編纂を行っていくことになります。
そして、
こうした新たにつくられた著作区分に分類される一連の著作群に対して、それが「自然学(タ・ピュシカ)の後に(メタ)位置づけられる一連の考察」であるという意味において、
日本語では『形而上学』と訳される『タ・メタ・タ・ピュシカ(ta meta ta physika)』という古代ギリシア語の言葉が付されることになったと考えられることになるのです。
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以上のように、
日本語では「形而上学」と訳される「タ・メタ・タ・ピュシカ(ta meta ta physika)」というギリシア語の言葉は、
紀元前1世紀に、アテナイからローマへと持ち去れたアリストテレスに関する文献の編集作業を行い、「アリストテレス著作集」を編纂したたロドス島出身の哲学者であるアンドロニコスによって、
『論理学』や『自然学』といった一般的な学問区分に対応づけることができない一連の著作群に対して付された著作編纂上の区分に由来する言葉であり、
それは、一義的には、「自然学の後に位置する」という著作集における著作区分の順序の前後関係を意味する言葉であったと考えられることになります。
しかし、その一方で、詳しくはまた次回改めて考察していくように、
こうしたアリストテレスの著作の編纂上の経緯から生まれた「タ・メタ・タ・ピュシカ(ta meta ta physika)」、そして、その省略形である「メタピュシカ(metaphysika)」という言葉は、
そこからこの言葉自体がもつ意味がより思想的に深く解釈されていくことによって、今回述べた意味も含めた全部で三つの意味をもつ概念として捉え直されていくことになるのです。
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次回記事:「自然学の後に学ばれるべき学問」という学問的探究の順番としての形而上学(メタピュシカ)の意味、形而上学とは何か?⑦
前回記事:ロドス島の哲学者アンドロニコスによるアリストテレス著作集の編纂とローマの文法学者テュラニオン、形而上学とは何か?⑤
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