ドクター・キリコと本間先生と馮二斉の三人に共通する人間の命の捉え方とは?『ブラック・ジャック』における死生観①
前回までの一連のシリーズでも考いてきたように、
手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』の中では、ブラック・ジャックの恩師である本間先生や、違法な安楽死を行う死の医者であるドクター・キリコ、
さらには、鍼灸術師にして東洋医学の名医である琵琶丸や、刀鍛冶の名工である馮二斉といった個性豊かなそれぞれの道に秀でた名医や達人たちが数多く登場してくることになります。
そして、これらの多彩な能力と個性を持った達人たちは、各人がそれぞれに医学や人間の命に対する特徴ある思想や独特の死生観を持っていると考えられることになるのですが、
本間先生とドクター・キリコそれに馮二斉を加えた三人の名医と達人たちにおける人間の命の捉え方には、それぞれ互いにどのような共通点と相違点があると考えられることになるのでしょうか?
本間先生とドクター・キリコに共通する自然な死のあり方を重視する思想
まず、
本間先生とドクター・キリコそして馮二斉という三人の登場人物の人間の命の捉え方、すなわち、死生観においては、
三者とも、人間の命において、自然な命のあり方を重視するという点に、共通する思考があると考えられることになります。
そして、
このような死生観が具体的に記述されている箇所としては、以下のようなエピソードの中で語られているそれぞれの登場人物当人の言葉が挙げられることになります。
例えば、
ブラック・ジャックの恩師である本間先生は、『ブラック・ジャック』の中の「ときには真珠のように」と「本間血腫」という題の話の中で、
「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」という言葉を残していて、
ブラック・ジャックが手術に使うメスを鍛えてもらうのに頼りにしていた刀鍛冶の名工である馮二斉は、「湯治場の二人」という題の話の中で、
「天地神明に逆らうことなかれ おごるべからず 生き死にはものの常なり 医の道はよそにありと知るべし」という言葉を残しています。
そして、違法な安楽死を行う死の医者であるドクター・キリコも、「二人の黒い医者」という題の話の中で、
「生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ。それが人間だけがむりに生きさせようとする。どっちが正しいかねブラック・ジャック」という言葉をブラック・ジャックに対して語りかけています。
そして、
上記の言葉は、それぞれが三者三様の異なる表現として語られてはいるものの、これらのすべての言葉の根底には、
人間の生き死に、すなわち、人間の命のあり方は、人間自身の力の働きを超えたところにある天地神明あるいは自然そのものの力によって司られていて、
そうした自然な命のあり方に対して逆らわずに、生きものとしての自然な死を受け入れることが必要であるという人間における自然な死のあり方を重視する思想が含まれていると考えられることになります。
つまり、
人間の命には必ず限りがあるものであり、その事実は、たとえどんなに医療技術が進歩しても、また、ブラック・ジャックが行うようなどんな神業的な手術をもってしても決して覆すことができないし、また、決して覆すべきではないものでもある以上、
人間は、自分の人生の終わりにおいて、自らの死を神仏や自然そのものによって定められている天命として受け入ることが必要となるということであり、
少し逆説的な言い方にはなりますが、
そのような自然な死のあり方を受け入ることこそが、人間が自らの命を意義のある生として肯定し、自分の人生が充実したものであったと総括するために不可欠であると考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
本間先生とドクター・キリコそして馮二斉という三人の名医と達人たちの人間の命の捉え方の根底には、
人間の命の根源には、人間自身の力の働きを超えた天地神明あるいは自然そのものの力が働いていて、
人間は、自らの人生の終わりに、そうした神仏や自然そのものによって定められた自然な死のあり方を受け入れることが必要となると考える三者ともに共通する死生観が存在すると考えられることになります。
そして、その一方で、詳しくは次回また改めて考察していくように、
こうした三者に共通する人間における自然な死のあり方を重視する思想がそれぞれさらに違った方向へと展開されていくことによって、
本間先生とドクター・キリコと馮二斉のそれぞれの立場において、三者三様に異なる面を持った独特の死生観が形成されていくことになると考えられるのです。
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次回記事:尊厳死を求める本間先生と積極的安楽死まで進むドクター・キリコの死生観の違い、『ブラック・ジャック』における死生観②
前回記事:安楽死が人間の自然な死のあり方を取り戻す行為として正当化される論理とは?ドクター・キリコが死の医者となった理由②
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