ボルティモア分類におけるウイルスの遺伝子構造の四つの違いと七つの分類とは?DNAウイルスとRNAウイルス⑪
このシリーズの前回の記事で書いたように、一般的に、
ウイルスの遺伝子構造の分類は、DNAかRNAかという遺伝子を構成する遺伝物質の違いのほかに、そうした遺伝物質がとる立体構造の違いや、遺伝子の鎖のタイプの違い、ウイルスが遺伝子の転写に使う特殊な酵素の有無といった様々な要素に応じて、
ボルティモア分類と呼ばれる七つの分類に分けられることになります。
それでは、
こうしたウイルスの一般的な分類様式であるボルティモア分類におけるウイルスの分類基準は具体的にどのようなものであり、
個々のウイルスはどのような特徴に基づいて七つのグループへと区分けされていくことになるのでしょうか?
ボルティモア分類とは何か?
ボルティモア分類(Baltimore classification)とは、現代のアメリカの分子生物学者であるデビッド・ボルティモア(David Baltimore)によって提唱された遺伝子構造に基づくウイルスの分類法であり、
ボルティモア分類においては、世界に存在するすべてのウイルスは、以下の七つのグループのいずれかに分類されることになります。
Ⅰ:二本鎖DNAウイルス(dsDNA viruses)
Ⅱ:一本鎖DNAウイルス(ssDNA viruses)
Ⅲ:二本鎖RNAウイルス(dsRNA viruses)
Ⅳ:一本鎖RNA+鎖ウイルス((+)ssRNA viruses)
Ⅴ:一本鎖RNA-鎖ウイルス((−)ssRNA viruses)
Ⅵ:一本鎖RNA逆転写ウイルス(ssRNA-RT viruses)
Ⅶ:二本鎖DNA逆転写ウイルス(dsDNA-RT viruses)
ちなみに、上記のウイルス分類における英語表記の中の”ss“と”ds“という表記は、それぞれ”single-stranded”(一本鎖)と”double-stranded”(二本鎖)の略記であり、
“RT“という表記は、”reverse transcriptase”(リバース・トランスクリプターゼ)すなわち逆転写酵素の略記となっています。
遺伝物質、鎖の本数、+鎖と-鎖、逆転写酵素の有無という四つの基準に基づく七つの分類
それでは、ボルティモア分類においては、ウイルスの遺伝子構造のどのような特徴が分類基準として重視されているのか?ということですが、
ウイルスの種類は、まずは、DNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)という遺伝子を構成する遺伝物質の違いによって二種類に分けられ、
さらに、二本鎖かそれとも一本鎖かという遺伝物質がとる立体構造の違いに応じて、DNAウイルスとRNAウイルスのそれぞれが、二本鎖DNAウイルスと一本鎖DNAウイルス、そして二本鎖RNAウイルスと一本鎖RNAウイルスという計四種類の分類に分けられることになります。
そして、このうち、一本鎖RNAウイルスについては、
そのウイルスが通常状態で保有している鎖のタイプが+鎖と呼ばれるタイプなのか、それとも-鎖と呼ばれるタイプなのかという鎖の種類に応じて、一本鎖RNA+鎖ウイルスと一本鎖RNA-鎖ウイルスの二種類に分けられることになります。
生物の細胞のDNAにおいて、二重らせん構造をしたDNAは、厳密に言うと、直接タンパク質の合成を行うための遺伝情報として働くセンス鎖(sense strand、+鎖)と、
自分自身が持つ遺伝情報から直接的にはタンパク質の合成は行われずに、遺伝情報をタンパク質の合成工場であるリソソームに伝えるための伝令RNAを作るための鋳型として働くアンチセンス鎖(antisense strand、-鎖)という二種類の鎖から構成されることになるのですが、
このうち、生物の細胞のDNAにおけるセンス鎖(+鎖)にあたるタイプの鎖を遺伝子として分け持つウイルスが一本鎖RNA+鎖ウイルスと呼ばれ、
それに対して、生物の細胞のDNAにおけるアンチセンス鎖(-鎖)にあたるタイプの鎖を遺伝子として分け持つウイルスが一本鎖RNA-鎖ウイルスと呼ばれることになるのです。
そして、ウイルスを分類する基準となるもう一つの要素としては、逆転写酵素の有無が挙げられることになります。
逆転写酵素が働く具体的な仕組みについては、前回の記事である「逆転写酵素とは何か?ウイルスが細胞の遺伝情報を書き換えていく具体的な仕組みとは?」で詳しく書きましたが、
一言で言うと、通常の転写(遺伝子合成)がDNAからRNAへと一方的に行われるのに対して、逆転写酵素は、逆にRNAの側からDNAの転写を行う機能を持った酵素ということになります。
そして、逆転写酵素を持つウイルスは、この酵素を使って宿主の細胞自体のDNAの内容を巧みに改ざんしていくことが可能となるのですが、
こうした特殊な機能を持った逆転写酵素を持つウイルスが一本鎖RNA+鎖ウイルスと二本鎖DNAウイルスのうちの一部に見られることになるので、
これらのウイルスは別枠として、それぞれ一本鎖RNA逆転写ウイルスと二本鎖DNA逆転写ウイルスとして分類されることになるのです。
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以上のように、
ウイルスの一般的な分類様式であるボルティモア分類においては、
DNAかRNAかという遺伝物質の違い、一本鎖か二本鎖かという鎖の本数の違い、RNAウイルスの場合の+鎖か-鎖かという遺伝子の鎖のタイプの違い、そしてRNAの側からDNAの転写を行う機能を持った特殊な酵素である逆転写酵素の有無の違いというウイルスの遺伝子構造における四つの違いに基づいて、
自然界に存在するすべてのウイルスは、
二本鎖DNAウイルス、一本鎖DNAウイルス、二本鎖RNAウイルス、一本鎖RNA+鎖ウイルス、一本鎖RNA-鎖ウイルス、一本鎖RNA逆転写ウイルス、二本鎖DNA逆転写ウイルスという七つのグループへと分類されることになるのです。
そして、次回からは、
DNAウイルスとRNAウイルスの違いと、それぞれの分類に含まれる代表的なウイルスの種類についてまとめ上げたうえで、
ボルティモア分類におけるそれぞれのグループに属する具体的なウイルスの名前についても一つ一つ挙げてウイルスの分類構造について図解していくなかで、遺伝子構造の違いに基づくウイルスの分類についての総まとめをしていきたいと思います。
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次回記事:DNAウイルスとRNAウイルスの違いと代表的なウイルスの種類のまとめ、DNAウイルスとRNAウイルス⑫
このシリーズの前回記事:DNAなのに一本鎖の遺伝子構造を持ったウイルスとRNAなのに二本鎖の遺伝子構造ウイルスとは?DNAウイルスとRNAウイルス⑩
前回記事:逆転写酵素とは何か?ウイルスが細胞の遺伝情報を書き換えていく具体的な仕組みとは?
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