古代ローマにおける五つの愛の概念と古代ギリシアにおける四つの愛の概念の関係
前回書いたように、
古代ギリシアにおける愛の概念は、
男女の恋愛のことを意味するエロス(eros)、友人同士の友愛のことを意味するフィリア(philia)、親子や兄弟の間の家族愛のことを意味するストルゲー(storge)、そして、神の無償の愛のことを意味するアガペー(agape)という四つの愛の概念に分けて捉えることができます。
そして、それは、
古代ローマにおけるアモール(amor)、クピディタス(cupiditas)、アミキティア(amicitia)、ピエタス(pietas)、そしてカリタス(caritas)といった愛の言葉と結びついていくことによってさらにその概念の深みと複雑さを増していくことになるのです。
古代ギリシアとローマにおける愛の神々の融合
ギリシア神話の主神にして天空と雷の神でもあるゼウスは、ローマ神話においては主神にして天空を司るローマの守護神であるユピテル(Jupiter、英語読みでジュピター)に対応することになります。
そして、
ギリシア神話に登場する最高位の女神にして結婚を司る神であるヘラは、ローマ神話では女性の結婚生活を守護する女神であり、ジューンブライドの語源ともなっている女神ユーノー(Juno、英語読みでジューノウ)に対応するというように、
古代ギリシア神話の神々の概念は、ローマ神話の内へと引き継がれていき、ローマ神話の神はギリシアの神と同一視されることによって神としての個性と具体的なイメージを強めていくことになります。
上記の神々の例と同様に、
ギリシア語における最も一般的な愛の概念であるエロスの由来となっている愛の神エロス(eros)も、
ローマ神話においては、男女を結びつける恋愛の神クピド(Cupido、英語読みではキューピッド)とその異名である愛の神アモール(amor)と同一視されていくことになります。
そして、それに伴って、
古代ギリシアにおいて最も一般的な愛のあり方のことを示すエロス(eros)の概念は、
古代ローマにおいては、男女の間の愛情などの一般的な愛のあり方のことを表す概念であるアモール(amor)と、
より直接的な情欲の面や、相手を強く求め渇望する熱望や切望、さらにそこから派生して貪欲さや野心などを表すクピディタス(cupiditas)という二つの愛の形として捉え直されていくことになるのです。
神から人間への愛アガペーと人間から神への愛ピエタス
そして、さらに、
古代ギリシアにおいて友愛を表す概念であったフィリア(philia)は、
ローマにおいては、ラテン語で友人のことを意味するアミクス(amicus)という言葉から派生した、友情や親愛の情を表す概念であるアミキティア(amicitia)に対応することになります。
一方、
古代ギリシアにおいて家族愛を表す概念であったストルゲー(storge)は、
ローマにおいては、子供の立場から見た両親への愛や孝心、さらには祖先や祖国への愛の形を意味するピエタス(pietas)が比較的近い概念であると考えられることになりますが、
ピエタスは、父祖や祖国へ対する敬愛と忠誠心から、さらに、人間から神々への畏敬の念や敬虔さのことも表す概念へも拡張されていくので、
そういう意味では、ピエタスは、古代ギリシアにおける神から人間への愛のことを示す概念であるアガペー(agape)に対応する概念であるとも考えられることになります。
つまり、
古代ギリシアにおけるアガペーの概念が、神から人間へともたらされる無限なる無償の愛のことを表す概念であるのに対して、
古代ローマにおけるピエタスの概念は、人間から神へと向けられる畏敬と敬虔の念のことを表す概念であるとも考えられるということです。
そして、それに対して、
同じように宗教的な含意をもった古代ローマにおける愛の概念であるカリタス(caritas)については、それは、人間から神へではなく、人間から人間へと向けられる愛、すなわち、人間愛や隣人愛のことを表す概念ということになります。
・・・
以上のように、
古代ローマにおける五つの愛の概念のあり方について一言でまとめると、
アモール(amor)は男女の間の愛
クピディタス(cupiditas)は情欲や渇愛
アミキティア(amicitia)は友人同士の間の友愛
ピエタス(pietas)は親や祖国あるいは神へと向けられる敬愛
カリタス(caritas)は人間同士の間の隣人愛
のことを表す概念であると考えられることになります。
・・・
そして、
古代ギリシアにおけるエロス、フィリア、ストルゲー、アガペーという四つの愛の概念は、
古代ローマにおけるアモール、クピディタス、アミキティア、ピエタス、カリタスという五つの概念へと結びつけられていくことになるのですが、
それは、決して、すっきりした一対一の対応関係で捉えられるものではなく、両者における個々の愛の概念が互いに絡み合っていくことによって、
愛と呼ばれる一つの感情が持っている複雑で多様な愛のあり方がより深みをもった概念として描き直されていくと考えられることになるのです。
・・・
前回記事:古代ギリシアにおける四つの愛の概念の違い、エロスとフィリアとアガペーとストルゲー
関連記事:アモーレの語源とは何か?ローマ神話の愛の神アモールとキューピッド
関連記事:ジューンブライド(6月の花嫁)の由来とは?嫉妬と復讐の女神ユーノーの二面性
「語源・言葉の意味」のカテゴリーへ
「倫理学」のカテゴリーへ