クォークは単独で存在可能なのか?クォークグルーオンプラズマにおける分離 とビッグバン
「17の素粒子と4つの種族と2つのグループへの分類」で書いたように、
クォークを含むすべての素粒子は、
世界に存在するあらゆる物理的存在を構成する
それ以上分割不可能な究極の構成単位であると考えられるのですが、
その一方で、
原子核を形成している陽子と中性子といった核子を構成する
クォーク同士の結合力は非常に強く、
通常の観測条件においては、
こうした陽子や中性子といった核子を構成している
クォークを単独で分離することは不可能であるとも考えられています。
そこで、今回は、
どうして通常の観測条件下においては
クォークを単体として分離することが不可能なのか?
そして、
もし、ある特殊な条件下において
クォークを単体として分離することが可能であるとするならば、
それはどのような条件で、どのような原理によって分離が可能となるのか?
といったことについて考えてみたいと思います。
グルーオンが媒介するクォーク同士の莫大な結合エネルギー
通常の状態において
クォークを単体として分離して観測することが不可能である理由は、
陽子や中性子といった核子(nucleon、ニュークリオン)における
構成粒子間の強い相互作用(strong interaction)や強い核力(strong nuclear force)
と呼ばれる強力な結合力にあることになるのですが、
こうした核子におけるクォーク同士の強力な結合力の源は、さらに、
グルーオン(gluon)と呼ばれる素粒子の働きに求められることになります。
グルーオンは、ボソンという素粒子グループの内の
さらにゲージ粒子という区分に属する素粒子なのですが、
クォークなどのフェルミオンのグループに属する素粒子が
直接物質を構成する粒子であるのに対して、
ボソンのグループに属する素粒子は
他の素粒子との間の力の伝達を担う粒子ということになります。
そして、
そうしたボソンに属する素粒子であるグルーオンは、
クォークの組み合わせによって陽子や中性子といった核子が形成される際に、
核子を構成する個々のクォークの間に入り、
強い相互作用(強い核力)と呼ばれる
粒子同士に働く一種の引力を個々のクォークに伝達することによって
核子を形成するクォーク同士を強い結合エネルギーで
結びつけることになるのです。
このときに、
グルーオンが核子を構成する個々のクォーク同士を結びつけている
強い相互作用(強い核力)の力は、
同じ質量の互いに近接する粒子の間で働く電磁力の100倍という
莫大な結合エネルギーとなるので、
グルーオンが導くこうしたクォーク同士の固く結びついた結合関係をふりほどき、
クォークを互いに分離した単独の形で取り出すことは、
数千℃や数万℃といった程度の温度や、秒速数万㎞に加速された粒子衝突といった
通常の観測条件下においては、到底不可能ということになるのです。
クォークグルーオンプラズマにおけるクォークの単独分離とビッグバン
しかし、
どんなに莫大な結合エネルギーであったとしても、
それが有限の力であり、
核子を構成しているそれぞれのクォークが
本来は別々の独立した構成単位であると考えられる以上、
外部から与えられる力が際限なく高まっていけば、
どこかの時点でその結合を解いてクォーク同士を引き離し、
独立した単体としてのクォークを取り出すことは
理論上は可能であると考えられるということにもなります。
そして、
常識の範囲を超えるような
異常な高温状態や高密度状態、
例えば、
10の12乗K(およそ1兆℃)程度の超高温状態においては、
理論上においては、粒子自身の運動エネルギー量が
グルーオンによって結びつけられている
クォーク同士の結合エネルギー量をついに上回り、
個々のクォークはグルーオンによる束縛から解放され、
単独の存在として自由に動き回ることが可能となる
と考えられています。
このような特殊条件下においては、
それまで核子を形成していたクォークやグルーオンといった素粒子たちは、
クォークグルーオンプラズマ(quark–gluon plasma、略称QGP)や
クォークスープ(quark soup)と呼ばれる
一種の電離したガス状のプラズマ集団(プラズマとは、プラスまたはマイナスの電荷を持った粒子たちが互いの電気的結合を離れて、単独の粒子として別れて運動している状態のことを指す)を形成することになると考えられます。
そして、
こうした特殊なプラズマ集団の内部において、
クォークやグルーオンといった単体の素粒子たちは、互いの束縛から解放されて、
プラズマが形成されている空間の内を自由に激しく飛び交うようになると
考えられるのです。
・・・
以上のように、
陽子や中性子といった核子を形成している素粒子であるクォークは、
通常の観測条件下においては、
グルーオンによって導かれる強い相互作用(強い核力)がもたらす
莫大な結合エネルギーによって互いに固く結びつけられているため、
互いに分離した単独の素粒子の形として観測することは
不可能と考えられるのですが、
1兆℃を超えるような超高温状態や超高密度状態という
特殊な条件下においては、
核子を構成していたクォークは、グルーオンと共に、
クォークグルーオンプラズマ(クォークスープ)と呼ばれる
一種のプラズマ集団を形成することになり、
そのような特殊なプラズマ集団の内部においては、
クォークは互いに分離した単独の形で存在することが可能になると
考えられるのです。
ちなみに、
こうした超高温・高密度状態というのは、
宇宙の創世におけるビッグバン(Big Bang)直後の宇宙の状態が
ちょうどこのような状態であったと考えられるので、
クォークグルーオンプラズマの内部における素粒子のあり方は、
ビッグバン直後の宇宙において素粒子たちが見せていた姿そのものであると
考えることもできます。
宇宙開闢であるビッグバンの直後には、
超高温度・超高密度の状態が原初の宇宙を包んでいて、
そうした超高温・高密度の状況下で出現する
クォークグルーオンプラズマ(クォークスープ)の中において、
クォークやグルーオン、電子やニュートリノといった
様々な最初の素粒子たちが次々に生成していったと考えられます。
そして、次に、
ビッグバン後の宇宙空間の急速な拡大に伴って
それらの素粒子の卵たちが広い空間へと解き放たれ、
温度としても冷えていくことによって、
素粒子たちはより安定した状態を目指して互いに結合していくようになり、
陽子や中性子といった核子が構成されていくことになります。
そうした核子の集団が形成する原子核に
電子が電気的に結合することによって原子が形成され、
さらに、原子同士の連結によって分子や結晶が、
分子や結晶の集合体として様々な物体が形成されていき、
ひいては、巨大な星々とその集合体である銀河から成る
現在の宇宙全体の姿が形づくられていくことになるのです。
このように、
宇宙創世の時代にまでさかのぼって
原初における素粒子たちの生成のあり方について考えるとき、
ビッグバンとその直後のクォークグルーオンプラズマから始まる
一連の流れの中で生成された素粒子たちが
その後の宇宙の進展の中で様々な物質を形成していき、
現在の多様で複雑な宇宙の姿が形づくられていったと考えることができるのです。
・・・
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