オルペウス教の教義と由来、天球の音楽
オルペウス教(またはディオニュソス・オルペウス教、Orphism)は、
紀元前6世紀頃の古代ギリシア世界の各地で、
点在的に信仰されていた
密儀教(特定の資格をもった者だけが参加できる秘儀(秘密の儀式)によって、教団内部の結束と外部に対する教義の秘密を維持する秘密結社的な神秘宗教)
の一種で、
ギリシア神話に登場する
吟遊詩人オルペウス(またはオルフェウス、Orpheus)
を伝説的な開祖としていました。
ソーマ(soma)はセーマ(sema)
オルペウス教とピタゴラス教団に通底する思想を表す
箴言として、
「ソーマ(soma、肉体)は魂のセーマ(sema、墓標、牢獄)」
という言葉がありますが、
この箴言が示している通り、
人間の肉体は、欲望と滅亡の源である
悪であり、
それに対して、
魂は、不滅で神的なものであり、
善であると考え、
魂としての人間は、本来、
不滅で神的な善なる存在であるのに、
その魂が、
肉体という墓標に永劫につなぎ留められ続けるという
輪廻の刑に処されている、
と考えていました。
つまり、
オルペウス教とピタゴラス教団では、
魂の不滅性と輪廻転生説という基本理念に基づいて、
肉体=滅するもの=悪
魂(精神)=不滅のもの=善
という
心身二元論に基づく、
善と悪の二元論によって、
人間の生と、世界全体の構造が捉えられていたということです。
そして、
牢獄である肉体のくびきから
不滅なる知性である魂を解き放って、
天上の神の世界へと帰一することが、
人間にとっての
唯一にして最大の救済の道だと考えていたのです。
吟遊詩人オルペウスの冥界への旅
次に、
オルペウス教の伝説的な開祖とされているオルペウス(Orpheus)は、
ギリシア神話の中では、どのような人物として描かれているか?
ということについて見ていきたいと思います。
ギリシア世界の各地を遍歴する吟遊詩人であった
オルペウスは、
アポローン(Apollon、オリンポス十二神の一人で、主神ゼウスの息子にして、詩歌や音楽などの芸術の神であり、光明の神として太陽神ヘーリオスとも同一視された。)
によってその技を伝授されたともされる、
竪琴の名手で、
彼が、ひとたび竪琴を奏ではじめると、
人間だけではなく、鳥や獣も、さらには周りの草木や山川までもが心を奪われ、
その美しい音色に、みなが静かに聴き入っていたと言われています。
そして、オルペウスは、
最愛の人エウリュディケーと巡り合い、
幸福の内に、彼女と結婚しますが、
結婚して間もないうちに、
エウリュディケーは毒蛇に足を噛まれて命を落としてしまい、
オルペウスは、
エウリュディケーを生き返らせるために、
自ら冥府へと赴くことを決意します。
そして、長い冥界の旅の末に、
ついに、オルペウスは、
冥界の王ハデスのもとへとたどり着き、
ハデスとその妻ペルセポネーの玉座の前で、
美しい竪琴の音を奏で、
そのあまりに悲しく美しい音色に心を打たれた
ペルセポネーの説得によって、ハデスから、
冥界から地上へたどり着くまで
「決して後ろを振り返ってはならない」
という約束を守るという条件で、
エウリュディケーを返してもらうことに成功します。
しかし、
地上へと帰る道中のなか、
妻は本当に自分の後を付いて来てくれているのだろうか?
本当は誰も付いて来てはいないのではないか?
という不安に駆られたオルペウスは、
冥界から抜け出すまであとわずかというところで、
ついに、我慢し切れずに、
後ろを振り返ってしまい、
エウリュディケーは、再び冥界へと引き戻されてしまうのです。
オルペウス教の布教と非業の死
こうして、
自分が肉体を持って生き続ける限り、
最愛の妻とは永遠に別れることとなってしまったオルペウスは、
それから、
女性との恋愛を含む、
現世での享楽と肉体的欲望のすべてを断ち、
死後の魂の安息を願い続けるなかで、
オルペウス教を広めていくことになります。
その後、オルペウスは、
新しい神である
ディオニュソス(Dionysos、豊穣とブドウ酒、陶酔と狂乱の神で、バッコス(Bakkhos、英語ではバッカス)とも呼ばれる。)
に従わなかったことで、その怒りに触れ、
ディオニュソスの熱狂的な信奉者である、
マイナス(ディオニュソスの神秘によって、恍惚とした熱狂状態になり、理性を失って狂暴になった女性信者のことを指す)たちによって、
八つ裂きにされて殺されてしまうという非業の死を遂げますが、
オルペウスは、
その死によって、冥界で、
最愛の妻エウリュディケーと再会することができ、
死後の世界で、
魂の永遠の安息と救済を得られることとなったのです。
オルペウスの竪琴と天球の音楽
そして、オルペウスの死後、
彼の竪琴は、その死を悼む
アポローンによって天へと挙げられて、
琴座となり、
今でも、天界に、
その美しい音楽を奏で続けていると言われていますが、
こうした、
音楽と天球を関連づけて捉える発想は、
ピタゴラスの
「天球の音楽(harmonia mundi、ハルモニア・ムンディー)」
という思想へもつながっていると考えられます。
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