トロイア文明の成立から滅亡までの歴史と詩人ホメロスが語る古代都市トロイアの物語に触発されたシュリーマンの発掘事業

前回書いたように、古代ギリシアエーゲ文明においては、文明の最も初期の段階においては、エーゲ海の中央部に位置するキクラデス諸島を中心とするキクラデス文明が栄えていくことになったと考えられるのですが、

こうしたキクラデス文明の後に栄えていくことになったトロイア文明ミケーネ文明ミノア文明と呼ばれるエーゲ文明を代表する三文明のなかで比較的初期に最盛期を迎えることになった古代文明としては、

19世紀のドイツの考古学者であったシュリーマンによって発見されたトロイア文明の名が挙げられることになります。

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詩人ホメロスが語る古代都市トロイアの物語とシュリーマンの発掘事業

20200420① トロイア文明の中心地とギリシア本土やクレタ島との位置関係

古代ギリシア詩人ホメロスによって作られたと伝えられる長編叙事詩である『イリアス』において語られているトロイア戦争トロイの木馬などの物語で有名な古代都市トロイアは、

かつては、言わば、現代でいうハリーポッターホグワーツ魔法魔術学校や、天空の城ラピュタなどのように、

ホメロスを中心とする古代ギリシアの詩人たちの豊かな想像力によって生み出された創作上の幻の都市であると考えられていました。

しかし、

こうしたホメロスの著作とされている『イリアス』『オデュッセイア』といった古代ギリシア長編叙事詩のうちに語られている美しい物語に魅了され、

ホメロスの詩文キリスト教の聖書以上に深く信じていたとも言われている19世紀のドイツの考古学者にして成功した実業家でもあったハインリヒ・シュリーマンは、

貿易などの実業の成功によって手にした自らの私財を投じてこうしたホメロスの詩に記されている古代都市トロイアの発掘へと自らの後半生をかけて挑んでいくことになります。

そして、

こうした考古学者シュリーマンの強い熱意によって実現された発掘調査によって、ついに、1871に、現在のトルコが位置するアナトリア地方北西部エーゲ海沿岸に位置するヒッサリクの丘において、

複数の層によって構成される大規模な遺跡が発掘されることになり、のちに、この遺跡の一部から古代ギリシアの宮殿の遺構が発見されることによって、この場所にかつてホメロスの詩によって詠われた古代都市トロイアを中心とするトロイア文明と呼ばれる古代文明が存在したということが歴史学的に確証されることになるのです。

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古代都市トロイアの成立からトロイア戦争による滅亡までの歴史

こうした古代都市トロイアを中心とするアナトリア北西部エーゲ海沿岸地域において発展していったと考えられているトロイア文明と呼ばれる古代文明は、

ホメロスの詩によって詠われているトロイア戦争と呼ばれる戦いが起きたと考えられている紀元前1200よりもさらに大きく古代へとさかのぼる紀元前2600年頃の時代から都市が建設され文明が芽生えていくことになったと考えられています。

古代都市トロイアは、黒海とエーゲ海を結ぶダーダネルス海峡を中心とする海上交易によって栄えた商業都市であったと考えられていて、

そうした海上交易などを通じて、エーゲ海の島々に住む人々やペロポネソス半島から渡航するアカイア人と呼ばれるギリシア人たちとも交流を持つと同時に、

アナトリア半島において興隆した古代帝国にあたるヒッタイト帝国などのオリエントの文化からも色濃く影響を受けることによって、強大な王権による東方的な専制政治に基づく都市国家の統治を進めていくことになっていったと考えられることになります。

そして、その後、紀元前1200年頃の時代になると、

こうした古代都市トロイアを中心とするトロイア文明は、当時、勢力を大きく拡大しつつあったペロポネソス半島を中心とするギリシア本土の文明であるミケーネ文明と衝突することになり、

詩人ホメロスが語る『イリアス』におけるトロイア戦争の物語のなかで語られているように、前述したアカイア人と呼ばれるギリシア人の一派によって築かれた文明であるミケーネ文明との戦いに敗れることによってトロイア文明は滅亡してしまうことになってしまったと考えられることになるのです。

・・・

次回記事:ミノア文明の成立から滅亡までの歴史とエヴァンズによるクノッソス宮殿の発掘とギリシア神話における巨大な迷宮

前回記事:古代ギリシア最古の文明であるキクラデス文明の成立とキュビスムなどの現代美術へと通じる抽象的な彫刻の様式美

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