2020年と2009年のWHOのパンデミック宣言の声明文の内容の比較:安全保障と防疫対策における拙速と巧遅

2020311WHOのテドロス・アダノム事務局長は、新型コロナウイルス世界的な感染拡大の状況を受けて、ついにパンデミックを宣言した。

世界中の125の国々と地域に感染が広がり、世界全体126,273人の感染者4,633人の死者が発生してからやっと出されたパンデミックの声明である。

奇しくも、この日から数えて、ちょうど11年と3か月前の日にあたる、

2009611当時のWHO事務局長であったマーガレット・チャン博士は、新型インフルエンザウイルスの感染拡大の状況に対して同じようにパンデミック宣言を出していたのだが、

こうしたWHOによって出された二つのパンデミック宣言は、互いに様相の大きく異なる状況の中で発表された声明となっている。

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2009年の新型インフルエンザウイルスに対するWHOのパンデミック宣言の声明文で語られている人命を尊重する崇高なる精神

2009年の新型インフルエンザウイルスに対するWHOのパンデミック宣言は、ウイルスがこの年の4月の下旬最初に確認されてからまだ1か月半ほどしか時が経っておらず、

メキシコからアメリカヨーロッパといった世界各国へのウイルスの感染が広がり出していた、世界全体の74の国々3万人ほどの感染者が出た時点で出された。

この時点では、

WHOとしてもいまだこの新型のインフルエンザウイルス性質の全容についてはあまり正確にはつかめておらず、ウイルスの感染力や致死率などのデータも不足していたのだが、

当時のWHOに仕えていた人々は、おそらくは、人間の命を守ることを最も崇高な第一の目的とするという使命感もあって、パンデミックを宣言することを決断したであろうことが想像できる。

その思いは、当時のWHO事務局長であったマーガレット・チャン博士パンデミック宣言を行う際に語った声明文のなかの以下の文言のなかにも表れている。

・・・

The world is now at the start of the 2009 influenza pandemic. We are in the earliest days of the pandemic. The virus is spreading under a close and careful watch.…

世界はいま2009年のインフルエンザパンデミックのはじまりの時に際している。我々はいまパンデミックの最も初期の段階にあり、ウイルスは精密で徹底した監視のもとで感染を広げている。…

Worldwide, the number of deaths is small. Each and every one of these deaths is tragic, and we have to brace ourselves to see more.

世界中において、この病気による死者の数はわずかに過ぎない。しかし、こうした一人一人の死こそが悲劇なのであり、我々は、そうした一つ一つの悲劇に目を向けるために我々自身をこの病気と戦うために強く鼓舞しなければならないのである。

(出典:WHO:メディアセンター:2009年6月11日のWHO事務局長マーガレット・チャン博士による報道への声明文:
https://www.who.int/mediacentre/news/statements/2009/h1n1_pandemic_phase6_20090611)※日本語訳は筆者による

・・・

上述した2009年の新型インフルエンザウイルスに対するWHOのパンデミック宣言は、のちに行われた詳しい調査において、

このウイルスは新型のウイルスであったとはいっても、実際には、通常の季節性のインフルエンザ大差ない致死率(0.050.1%程度)であったことが判明したこともあり、

世界全体に無用の社会的混乱やそれに伴う比較的小規模の経済的損失を招いたWHOによる拙速なパンデミック宣言としてしばしば非難の声を浴びせられていくことになる。

しかし、少なくとも、この時点においては、

WHOは、いまだ、世界中の人々の命と健康を守ることを彼らにとっての崇高なる第一の目的とする医療と感染症対策の専門機関としての使命を果たしていたと考えられるのである。

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2020年の新型コロナウイルスに対するWHOのパンデミック宣言と防疫対策における拙速と巧遅

それに対して、

今回新たに示されることになった2020年の新型コロナウイルスに対するWHOのパンデミック宣言は、このウイルスについてのWHOへの最初の報告2019年の12月の末中国の武漢からなされてから3か月半ほどの時間が経過し、

冒頭でも述べたように、世界全体の125の国々12万人を超える感染者4500人を超える死者が発生してからやっと出された。

アジアヨーロッパを中心とする世界全体での深刻な感染拡大が誰の目からも明らかになり、

感染拡大の防止策を講じるためにはほとんどすべてが手遅れといっていいほどにこのウイルスが持つ深刻な性質の全容が明らかになりつつある段階において出された、言わば、巧遅のパンデミック宣言である。

今回のWHOのテドロス・アダノム事務局長によるパンデミックの宣言声明文のなかでは具体的には以下のような形で述べられている。

・・・

We have therefore made the assessment that COVID-19 can be characterized as a pandemic.…

私たちはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)パンデミックとして特徴づけることができるという判断を下しました。…

We have never before seen a pandemic sparked by a coronavirus. This is the first pandemic caused by a coronavirus.

私たちは、いまだかつて、コロナウイルスによって引き起こされたパンデミックなど見たこともありません。これはコロナウイルスが原因となった最初のパンデミックなのです。

And we have never before seen a pandemic that can be controlled, at the same time.

そしてそれと同様に、私たちは、いまだかつて、制御することが可能なパンデミックというものも見たことがありません

WHO has been in full response mode since we were notified of the first cases. And we have called every day for countries to take urgent and aggressive action. We have rung the alarm bell loud and clear.

WHOはこの感染症の最初の症例の報告がなされてから常に全面的な対応体制をとってきました。そして私たちは、毎日、世界中の国々に緊急かつ積極的な行動をとるように呼びかけてきました。警戒を告げる鐘の音はいま高らかに鳴らされたのです

(出典:WHO:WHO事務局長:スピーチ:詳細:2020年3月11日のCOVID-19に関するWHO事務局長の記者会見の開会挨拶:
https://www.who.int/dg/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19—11-march-2020)※日本語訳は筆者による

・・・

筆者は、なんだか言い訳をしているのか、格好のいい詩的な表現をしようとしているのかいまいちよく分からない上記のWHOの声明文を一通り訳してみても、残念ながらあまり何かを感じることはなかったのだが、

今回のWHOによる新型コロナウイルスに対するパンデミック宣言を出したタイミング自体について一つ思うことがあるとすれば、

このウイルスの感染拡大最初の流行地である中国において、武漢という1千万人の人口を抱える大都市を封鎖することが必要なまでの事態となり、

世界全体の感染者数2009年の新型インフルエンザウイルスパンデミック宣言が出された時の感染者数にあたる3万人を大きく超えて4万人へと達したちょうど1か月前211ごろの時点までに宣言が出されていたとするならば、

その後、2月下旬ごろから始まっていくことになる韓国イタリアイランにおける大規模で急速な感染拡大や、日本国内での現時点における比較的緩やかな感染拡大に少しは歯止めがかかり、失われる命の数が少しは減っていたのかもしれないという無念さである。

少なくとも、

日本を含む世界各国が現在行っている感染地域に対する入国禁止措置や渡航制限などの強力な防疫措置は、WHOによる早期のパンデミック宣言手助けがあれば、実際よりも、より早く、迅速な形で行うことができたはずである。

安全保障防疫対策においては、拙速は巧遅に勝る

なぜならば、

防疫対策において、未知のウイルスによる過度な警戒によって生じる被害というものは、一時的な経済的損失一時的な心理的不安くらいのものであるのに対して、

防疫対策遅きに失した場合世界が失うことになるのは、この世界において他の何よりも尊い数多くの人々の命と、より長期的で大規模な経済的損失、そして、人々の社会生活の崩壊だからである。

そういった意味では、

前述した2009新型インフルエンザウイルスに対するWHOのパンデミック宣言拙速なパンデミック宣言と呼ぶとするならば、

今回の2020新型コロナウイルスに対するWHOのパンデミック宣言はそれよりも数段劣る巧遅のパンデミック宣言ということになるだろう。

いずれにせよ、

世界中の人々がこれから共に立ち向かっていくことになる新型コロナウイルスパンデミックとの戦いにおいて、自らの意志を鼓舞するために、より心に強く響くのは、

むしろ、前回の2009年のパンデミックの際に出されたWHOのパンデミック宣言における声明文の方であるように思う。

我々は、今回の新型コロナウイルスのパンデミックとの戦いにおいて、ウイルスの感染拡大によって失われていく一人一人の人間の死深く心にとめていったうえで

そうした一つ一つの悲劇少しでも減らしていくことができるように、それぞれの立場でできる限りの感染予防対策を一つ一つ丁寧に行っていきたいと思う。

・・・

次回記事:コロナショックによる株価暴落の最大下げ幅はリーマンショックを超えた:2008年と2020年の日経平均の暴落幅の比較

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