お盆の由来とは?②『盂蘭盆経』で語られる餓鬼道へと落とされた亡き母の魂の救済の物語と死者の業苦を解く釈迦の教え

前回の記事で書いたように、祖先の霊や死者の魂の供養を行うために墓参り盆踊り、さらには、死者の魂の送り迎えをする迎え火送り火や、

飢餓に苦しむ衆生に食事を施して供養する施餓鬼(せがき)といった行事や儀式が行われていくことになる夏の期間のことを意味するお盆という言葉は、

サンスクリット語において「逆さ吊りにされた罪人」のことを意味するウランバナ(ullambanaという言葉や、

ゾロアスター教において「死者の霊魂」のことを意味するウルヴァン(urvanという言葉を語源とする盂蘭盆(うらぼん)という言葉にその由来を求めていくことができると考えられることになるのですが、

こうしたお盆と呼ばれる期間において営まれていくことになる祖先の霊や死者の魂の供養を行うため行事や儀式の具体的な由来については、

さらに、

お盆における行事や儀式直接的な由来となった物語が語られていると考えられる『盂蘭盆経』(うらぼんきょう)と呼ばれる仏教の経典のうちに記されている説話のうちに、その大本の由来を求めていくことができると考えられることになります。

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西域や中国で成立した偽経と大乗仏教の経典としての『盂蘭盆経』の位置づけ

そうすると、まず、

こうした『盂蘭盆経』と呼ばれる仏教の経典は、

仏教の開祖である釈迦が入滅したのちに、西域や中国などで後代になってから成立した経典であると考えられていて、

パーリ語やサンスクリット語といった古代インドの言語で書かれた経典を原典としないという意味では、偽経(ぎきょう)としても位置づけられることになると考えられることになるのですが、

しかし、その一方で、

こうした『盂蘭盆経』と呼ばれる経典は、日本において仏教が伝来した6世紀ごろの時代には、すでに、この世に生きるすべての人々に救いを与える衆生救済を目的とする大乗仏教の経典として広く定着していたとも考えられることになります。

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『盂蘭盆経』で語られる餓鬼道へと落とされた亡き母の魂の救済の物語

そして、

こうした『盂蘭盆経』と呼ばれる仏教の経典においては、釈迦に仕えた十大弟子のうちの一人で、神通第一とも称されていた高僧であり、

パーリ語ではマハーモッガラーナ、漢語における音写では摩訶目犍連(まかもっけんれん)と呼ばれ、一般的には目連(もくれん)という略称で知られている尊者による衆僧供養の話が語られている以下のような説話のなかで、

そうしたお盆における祖先の霊や死者の魂の供養を行うため行事や儀式直接的な由来となる話が語られていくことになると考えられることになります。

・・・

神通(じんつう)、すなわち、真理へと到達する瞑想修行と通じて悟りを開いた自在なる境地へと至り、

天眼通(てんげんつう)天耳通(てんにつう)などといった超常的な能力を得るに至った高僧であった目連は、

ある日、

いつものように一人で静かな場所で坐禅を組んで瞑想に耽っていると、そうした深い瞑想の境地のなかで、すでに死に別れてしまっていた母のことを思い、

自らが持つに至った神通力の一つであった天眼(てんげん)の力を使って、自らの心の赴くままに、人間が住む現世の世界を離れたのちに天上界へと導かれてそこで安息の時を迎えているであろう亡き母の姿を探していくことにします。

しかし、

そうした自らが持つ天眼の力をもって天上界のうちを隈なく探しても母の姿を見つけ出すことができなかった目連は、ふと、人間が自らの業によって輪廻転生を繰り返していく六種類の世界である六道(ろくどう)のうちのさらに下の世界へと目を落とし、

そのうちの餓鬼道(がきどう)の世界において飢えと渇きにもだえ苦しむ母の姿を目にしてしまうことになります。

そして、

そうした自らの母のあまりにも変わり果てた姿に深く心を痛めながらも、業による定めとはいえ、困苦に苛まれる亡き母のことをそのまま見捨てていくことができなかった目連は、

自らが持つ神通の力極限まで駆使して、自分が住む現世の世界から亡き母が落された世界である餓鬼道へと水と食料を供物として送り込んでその苦しみを少しでも癒そうとするのですが、

そうして目連の母のもとへと捧げられた供物は、餓鬼道へと落された亡き母の口へと触れた瞬間炎となって燃え尽きてしまい、彼女は永遠に満たされることがない餓鬼道の業苦によってさらに苛まれていってしまうことになります。

そして、

深い瞑想のうちから覚めた目連は、自らの師である釈迦のもとを訪れて、自分が目にした餓鬼道へと落された亡き母の顛末について話し、

自分にとっては良き母親であったはずの亡き母がこのような苦しみを負わされていることを深く訝しがりながら、何とかして母を救う手立てがないものかとたずねていくことになるのですが、

それに対して、釈迦は、

目連の母は、自分や自らの家族に対しては良きものを与え、豊かに暮らしていたのだが、飢えと渇きに苦しんで困窮している人々を目にしても、その豊かさを分け与えず困っている人々に施しを与えることを行わなかったため、そうした自らの業によって餓鬼道へと落されることになったということを解き明かしたうえで、

目連の母のように自らの業によって餓鬼道へと落された死者の魂をそうした業苦のうちから救い出すためには、罪深き死者たちが生前に他者に施さなかった食料や金銭を直接送り届けて与えようとしても何の意味もなく、

彼らが自分自身では生前には行わなかった善き行い、すなわち、飢えと渇きに苦しんでいる人々修行僧たちに施しを行い、彼らのための読経と供養を行うことによってのみ、そうした死者の魂の業苦を解くことができるという教えを告げることになります。

そして、その後、目連は、

そうした釈迦の教えを深く心にとめて、自らの修行のなかで、すぐにその通りのことを行っていくことによって、目連の亡き母はついに餓鬼の苦しみから救われることになるのですが、

以上のように、

こうした『盂蘭盆経』と呼ばれる仏教の経典において記されている餓鬼道へと落された目連の亡き母の魂の救済の物語が大本の由来となって、

夏の時期に祖先の霊や死者の魂の供養を行うために営まれる墓参り盆踊り迎え火送り火や、施餓鬼などといったお盆における行事や儀式が形づくられていくことになっていったと考えられることになるのです。

・・・

次回記事:お盆の行事が夏に行われる理由とは?夏安居の終わりの日の僧侶たちへの施しの儀式とお盆の時期との関係

前回記事:お盆の由来とは?①サンスクリット語とゾロアスター教と仏教の経典の記述に基づく三つの解釈

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