ノロウイルスとノーウォークウイルスはどちらが正しい名称なのか?ウイルス学における属名と種名の違いに基づく定義
前回の記事で書いたように、現代の日本において、ウイルス性の胃腸炎や食中毒を引き起こす代表的なウイルスとして広く知られているノロウイルスという名前自体は、
2002年に開かれた国際ウイルス学会におけるウイルスの命名の見直しにおいて新たに定められた比較的歴史の浅いウイルスの名前であると考えられることになるのですが、
こうしたウイルス性の胃腸炎や食中毒の原因となる代表的なウイルスの名称については、ノロウイルスではなくノーウォークウイルスという名称が用いられるケースもあります。
それでは、
こうしたノロウイルスとノーウォークウイルスという二つのウイルスの名称は、ウイルス学の専門的な定義においては、どちらの方がより正しい呼び方であると考えられることになるのでしょうか?
属名と種名としてのノロウイルスとノーウォークウイルスの違い
まず、
こうしたノロウイルスあるいはノーウォークウイルスという名称は、両方ともカリシウイルスと呼ばれる直径30~38ナノメートルの正二十面体構造をしたウイルス粒子のグループへと分類されるウイルスの種類であり、
ノロウイルスがそうしたカリシウイルス科に属するウイルスの種族の属名を表す名称であるのに対して、ノーウォークウイルスはそうしたノロウイルス属のさらに下に位置づけられるウイルスの種名のことを意味する名称として定義されることになります。
そして、
こうしたカリシウイルス科のノロウイルス属に属するウイルスの種類はノーウォークウイルスただ一つなので、
そういった意味では、
ノロウイルスといってもノーウォークウイルスといっても、実質的には同じ一つのウイルスのことが指し示されることになると考えられることになるのです。
ウイルス学上の厳密な定義に基づく病原体としてのノロウイルスの位置づけ
それでは、
人間に対して様々な感染症を引き起こす病原体の名称として、前述したウイルスの属名にあたるノロウイルスと種名にあたるノーウォークウイルスという名称のどちらの言葉を用いるほうがより適切な表現であると考えられることになるのか?ということについてですが、
例えば、他のウイルスの名称を例として考えてみた場合、
インフルエンザの原因となるA型インフルエンザウイルスやB型インフルエンザウイルスのように、属名と種名がまったく同じ名称となるウイルスの種類も存在する一方で、
風邪の原因となる代表的なウイルスであるライノウイルスや人類が根絶に成功した最初の病原体として有名な天然痘ウイルスなどのように、属名と種名が異なる名称となるウイルスも数多く存在していて、
ライノウイルスの場合には、エンテロウイルス属という一つの属名の下に、ライノウイルスA型、ライノウイルスB型、ライノウイルスC型という三つの種名が位置づけられていて、
天然痘ウイルスの場合には、オルソポックスウイルス属という属名の下に、牛痘ウイルスやサル痘ウイルスといった他のウイルスの種類と共に、天然痘ウイルスという種名が位置づけられることになります。
そして、
このように、感染症の原因となるウイルスの具体的な名称としては、一般的には、エンテロウイルスやオルソポックスウイルスといった属名の方ではなく、ライノウイルスや天然痘ウイルスといった種名の方が用いられている場合が多いと考えられることになるのです。
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以上のように、
ノロウイルスの場合には、こうしたウイルスの属名としてのノロウイルス属に属するウイルスの種類はノーウォークウイルスただ一つであるということから考えても、
このウイルスのことを種名ではなく属名でノロウイルスと呼ぶのも必ずしも間違いではなく、そうした表現は、むしろ、現在の医学界においても実際に広く用いられている一般的な表現であると考えられることになるのですが、
その一方で、
上述したようなウイルス学における属名と種名の定義に基づく病原体の表記上の基本的なルールにしたがった場合、
こうしたウイルス性の胃腸炎や食中毒の原因となる代表的なウイルスの名称としては、ノロウイルスという属名の方よりも、ノーウォークウイルスという種名の方を用いる方が、厳密な意味においてはより適切な表現であるとも考えられることになるのです。
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次回記事:食中毒の原因となる寄生虫の代表的な種類とは?①アニサキスとクドアとサルコシスティスの特徴と感染の予防方法
前回記事:ノロウイルスという名前はいつ頃から使われるようになったのか?国際ウイルス学会での命名見直しとサポウイルスとの関係
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