天動説と地動説はどちらが先に唱えられたのか?神話的世界観と古代ギリシアにおける地動説と天動説の理論の時間的な前後関係

前回までの一連の記事では、天動説と地動説と呼ばれる天文学の分野におけるそれぞれの学説が、古代から中世そして近代へと至る歴史の各段階においてどのような形で確立されていったのか?とういことについて詳しく考えてきましたが、

それでは、こうした天文学の基礎原理となる二つの学説は、そうした人類の歴史の流れの中ではどちらの方が先に唱えられた学説であったと考えられることになるのでしょうか?

今回の記事では、神話や伝承の段階における漠然とした世界観と、学問的な体系を備えた宇宙論という二つの観点から、そうした天動説と地動説の時間的な前後関係について考えていきたいと思います。

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古代インドや仏教思想における須弥山説と古代エジプト神話や古代ギリシア神話における太陽神への信仰

例えば、

古代インドの思想に由来する世界のイメージとしては、半球状の形をした大地四頭の象によって支えられ、その象は巨大な亀に、その亀はさらに宇宙の円環を結ぶ巨大な蛇の上に乗っているとする宇宙観が有名ですが、

こうした古代の宇宙観の源流にあるヒンドゥー教や仏教における宇宙観でもある須弥山説(しゅみせんせつ)においては、

そうした不動なる大地の中心には須弥山(しゅみせん)と呼ばれる神々が住む山がそびえているとされていて、

そうした須弥山を中心に太陽や月を含むすべての星々が水平にくるくる回っていることによって、地上から観測されることになるあらゆる天体の運行のあり方が説明されていくことになります

こうした古代インドや仏教などの宇宙観においても見られるように、人間が住む大地は不動のものであり、太陽や月を含むそのほかの天体たちが大地の周りを回っているとする天動説へと通じる世界観は、

古今東西の世界各地の古代の文明や文化において共通して見いだすことができる極めて一般的な世界観であったと考えられることになります。

しかし、その一方で、

古代エジプト神話古代ギリシア神話などにおける太陽神への信仰などにもみられるように、

宇宙を遍く照らし出す光明神でもある太陽神の存在を信仰と崇拝の対象とし、そうした太陽神が具現化された存在である太陽を宇宙の中心としたうえで、大地やそのほかの星々はそうした太陽に付き従う存在として位置づけていくという

太陽中心説としての地動説へと通じる世界観も古代における神話や伝承のうちに見いだしていくことができると考えられることになります。

つまり、そういった意味では、

こうした古代における神話や民間信仰の段階においては、

大地が不動の存在でありその周りを何らかの形で太陽を含むそのほかの星々が動いていくという天動説へと通じる宇宙観と、

太陽の方が不動の存在として宇宙の中心に君臨していて大地やそのほかの星々が太陽に付き従っているとする地動説へと通じる宇宙観という

二つの宇宙観のうちのどちらが先に存在していたかということは一概には結論づけることができない問題であると考えられることになるのです。

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古代ギリシアにおける地動説と天動説の理論の時間的な前後関係

それに対して、

人類の歴史の流れのなかでこうした天動説や地動説と呼ばれるような天体の運行に関する学説が学問的な体系として整備された宇宙論として提唱されるようになったのは、古代ギリシアの時代であったと考えられ、

古代ギリシア世界において、そうした哲学や数学といった分野における学問的探究に根差した天文学理論を提唱した人物については、

地球が宇宙の中心にあって太陽や月や星といったほかの天体たちがその周りをまわっているとする天動説の理論を唱えた人物としては、

エウドクソスアポロニウスヒッパルコスプトレマイオスといったギリシア人の天文学者たちの名を、

太陽の方が宇宙の中心にあって地球やほかの星々がその周りをまわっているとする地動説の理論を唱えた人物としては、

ピロラオスアリスタルコスといったギリシア人の天文学者たちの名をそれぞれ挙げることができると考えられることになります。

こうした古代における天文学理論の理論が一つの完成された理論体系の形へと至るのは、それぞれの学説を代表する天文学者たちの名前うちの最後に挙げた二人の人物の時代であったと考えられ、

紀元前3世紀の古代ギリシアのサモス島出身の天文学者にして数学者でもあったアリスタルコスによって地動説の理論が完成され、

それに遅れること400年ほどのちに、

紀元後2世紀の古代ローマの時代のギリシア人の天文学者であったプトレマイオスによって、より精密な理論体系を備えた天動説の理論が完成されるに至ったと考えられることになります。

そして、

こうした古代における天動説と地動説の理論のはじまりについても、

古代ギリシアにおける地動説の学説は、それが、地球だけではなく太陽や月も含めたすべての天体が宇宙の中心にあるヘスティアと呼ばれる中心火の周囲を回転していくという変則的な地動説ではあったものの、

すでに、紀元前5世紀の時代の古代ギリシアの哲学者および数学者であったピロラオスによって、哲学的かつ数学的な学問体系を備えた地動説の理論が提唱されているのに対して、

古代ギリシアにおける天動説の学説は、それに遅れること100年ほど後の時代の紀元前4世紀の古代ギリシアの数学者にして天文学者でもあったエウドクソスによってはじめて明確な形で提唱されていくことになると考えられることになります。

つまり、そういった意味では、

こうした古代ギリシア哲学にまでさかのぼる人類の歴史の流れの中では、地動説よりも天動説の方がより古い起源をもつ宇宙論であったとも捉えることができると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:天動説と地動説の違いとは?人類の歴史における二つの天文学理論の変遷のあり方のまとめ

前回記事:ガリレオからケプラーそしてニュートンへと至る近代における地動説の系譜、地動説とは何か?④

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