「シカゴにはピアノ調律師が全部で何人いるのか?」フェルミ推定の代表的な問題に対する二つの解答例とその誤差の検討
前回の記事で書いたように、フェルミ推定と呼ばれる論理的推論に基づく統計学的な概算法を用いて考察を進めていくことができる具体的な問題の例としては、
「東京都内には全部で何個のマンホールがあるのか?」
「山手線の一車両をビー玉で満杯にするには全部で何個のビー玉が必要か?」
「高尾山の土を削り取って平地にしてしまうには全部でのべ何台のトラックが必要か?」
といった思考実験的な問題の事例を数多く上げていくことができると考えられることになるのですが、
こうしたフェルミ推定と呼ばれる概算方式が用いられる推論の最も有名な具体例としては、こうした概算方式の発案者であるエンリコ・フェルミ自身が、自分が教授を務めるシカゴ大学の学生たちに対して出した
「シカゴにはピアノ調律師が全部で何人いるのか?」
という問題が挙げられることになります。
シカゴ都市圏900万人に対する調律師の人数のフェルミ推定による概算
冒頭で述べたように、フェルミ推定においては、あくまで論理的推論に基づいた統計学的な概算方法を用いることによって問題に対するアプローチが進められていくことになるので、
そうした問題に対する適切な解答のあり方も一つに定めることができるわけではなく、同じ一つの問題について論理的に十分な妥当性を持った様々な推論パターンを考え出すことができることになるのですが、
それでも、こうした「シカゴにはピアノ調律師が全部で何人いるのか?」という問いに対するフェルミ推定に基づく解答の出し方の例として、
比較的広く知られている推論パターンの例を挙げていくとするならば、例えば、以下で述べるようなニつの推論の例を挙げることができると考えられることになります。
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まず、最も広く知られている第一の解答例においては、
シカゴと呼ばれる地域をその郊外部も含めたシカゴ都市圏として捉えたうえで、そうしたシカゴ都市圏には約900万人が住んでいて、そうしたシカゴ都市圏の各家庭には平均して2人の人がいるとする基礎データに基づいて推論が進めていくことになります。
そして、だいたい20世帯のうち1世帯には、定期的に調律がなされるピアノがあるとして、そうした調律の回数は平均して1年に1回であると推測されたうえで、
調律師がピアノ調律を行う時間は1台のピアノにつき移動時間なども含めてだいたい約2時間であると仮定して、調律師は1日に8時間、週休二日制として1週間に5日間、1年に50週働くとして概算を行うと、
①シカゴ都市圏の家庭数は、900万/2=450万軒
②シカゴ都市圏のピアノの総数は、450万/20=22万5000台
③すべてのピアノに対する1年間の調律回数の総計は、22万5000×1=22万5000回
④それに対して、調律師が1日に行う調律の回数は、8/2=4回
⑤調律師が1年間で行う調律の回数は、4×5×50=1000回
となり、③と⑤より、シカゴ都市圏における調律師の人数は、
22万5000 / 1000=225人
と概算されることになるのです。
ちなみに、こうしたシカゴ都市圏における調律師の数については、現代においては実際の調査における実測値の詳しいデータも調べられていて、
こうしたシカゴ都市圏における調律師の数の実測値は、2009年の時点において 290人であったと報告されているのですが、
このように、第一の解答例においては、225/290≒0.78
つまり、実測値との誤差がわずか22%の範囲での推定がなされていたと考えられることになるのです。
都市シカゴ300万人に対する調律師の人数のフェルミ推定による概算
そして次に、第二の解答例においては、
シカゴという言葉が示す地域の範囲は、そのままシカゴという一つの都市に限定されたうえで、そうした一都市としてのシカゴには約300万人が住んでいて、そうしたシカゴの各世帯には平均して3人が住んでいるとする基礎データに基づいて推論が進めていくことになります。
そして、だいたい10世帯に1世帯の割合でピアノがあるとされたうえで、それぞれのピアノの調律の回数は第一の解答例と同じく平均して1年に1回であると推測され、
調律師が調律するピアノの台数は1日に3台、週休二日制として調律師は年間に約250日程度働くとして概算が行われていくことになり、
①都市シカゴの世帯数は、300万/3=100万軒
②都市シカゴのピアノの総数は、100万/10=10万台
③すべてのピアノに対する1年間の調律回数の総計は、10万×1=10万回
④それに対して、調律師が1年間で行う調律の回数は、3×250=750回
となり、③と④より、都市シカゴにおける調律師の人数は、
10万 / 750=133人
と概算されることになるのです。
ちなみにシカゴという一都市に限った場合の調律師の人数に関する実測値のデータについて詳しく知ることは難しいと考えられるのですが、
先ほど挙げたシカゴ都市圏の900万人に対する調律師の人数の実測値が290人であることを考えると、都市シカゴの300万人に対する調律師の実際の人数は、290 / 3≒97人程度とするのが妥当であると考えられ、
先ほど述べた第二の解答例における133人という概算値においては、133/97≒1.37
つまり、実測値との誤差が37%の範囲での推定がなされていたと考えられることになるのです。
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以上のように、
こうした「シカゴにはピアノ調律師が全部で何人いるのか?」という代表的なフェルミ推定の問題に対する二つの解答例とそれぞれの推論における概算値と実測値の誤差のあり方を検討していくと明らかになるように、
フェルミ推定と呼ばれる論理的推論を用いた統計学的な概算方法においては、通常の場合、
数少ない限定された不十分なデータからでも、論理的に十分な妥当性を持った推論を積み重ねていくことによって、
だいたい20~40%程度、悪くても二倍から数倍程度の範囲内という統計学的には精度の高い極めて有用な概算値を導き出すことができると考えられることになるのです。
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次回記事:「日本にはピアノ調律師が全部で何人いるのか?」フェルミ推定に基づく解答とその概算値の統計学的な妥当性の検証
前回記事:フェルミ推定とは何か?論理的推論に基づく統計学的な概算法を用いる様々な問題の具体例と原子爆弾の爆発のエネルギーの算定
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