防衛機制としての「分離」および「情動分離」の定義と具体例とは?無意識の領域における感情の分離と抑圧の進展、防衛機制とは何か?⑯

前回書いたように、自我の防衛機制の種類のうちの一つとして数え上げられる心理学上の概念としての「孤立」から「知性化」へと至る過程においては、

心理的なストレスの原因となっている事柄に対する感情の遮断と分離が自分自身の心の内面において進んでいくことになると考えられるのですが、

こうした自分自身の心の内面において感情や情動の隔離や分離が進められていく心の働きのあり方としては、そのほかにも、

「分離」あるいは「情動分離」といった言葉によって示される自我の防衛機制の種類も挙げることができると考えられることになります。

それでは、

こうした心理学上の概念としての「分離」とは、具体的にどのような意味を表す概念として定義することができると考えられ、

そうした「分離」や「情動分離」と呼ばれる心の働きにおいて生じている感情の分離や隔離のあり方は、

前回取り上げた「孤立」から「知性化」へと至る心理学的な過程において生じる分離や隔離のあり方と、具体的にどのような点において異なっていると考えられることになるのでしょうか?

スポンサーリンク

心理学における「分離」の定義とその具体例とは?

まず、

フロイトの精神分析学に代表されるような深層心理学の分野においては、「分離」(Separationと呼ばれる自我の防衛機制のあり方は、

自らの人格にとって受け入れがたい状況に直面した時や、そうした行動をあえてとることを迫られている場合などに、

過酷な状況の認識における思考と感情、あるいは、これから実行しようとしていることに関する行動と感情とを切り離すことによって、そうした状況や行為がもたらす心理的なストレスから逃れようとする心の働きとして定義することができると考えられることになります。

そして、こうした「分離」と呼ばれる自我の防衛機制のあり方の具体例としては、

例えば、

戦争などの過酷な状況に置かれた人間が、生命の危機などの心理的なストレスが極限状態まで高まることによって、現状に対する認識や行動のなかから感情的な部分が切り離され

はたから見ていると、まるで自分の命を失う恐怖も、敵兵を殺害することに対する罪悪感も何も感じていないかのように、上官の命令のままに粛々と戦闘を継続していくようなケースや、

そこまでの究極の極限状態にまでは至らなくとも、トラウマとなるような何らかの強い心理的なストレスにさらされた人物が、

自分が受けた被害について、まるで映画の一場面を見ているかのような現実感のない様子で、自分自身の感情は一切交えずに、まるで他人事であるかのようにかえって淡々と語り出すようなケースなどがそうした心理状態の具体例として挙げられることになると考えられることになるのです。

スポンサーリンク

「分離」および「情動分離」の過程における感情の分離の進展

以上のように、

こうした「分離」と呼ばれる防衛機制の働きにおいては、

結局、自分が置かれた過酷な状況に対する認識や、自らの人格が受け入れがたいような行動のあり方などから、感情や情動の部分だけが取り去られ無意識の領域の内へと抑圧されていくことになると考えられることになります。

そして、そういった意味では、

こうした「分離」(Separationと呼ばれる心理学上の概念は、人間の認識や行動のあり方から情動の部分だけが切り離された心の状態のことを意味する概念という意味で、

それは、より限定された意味においては、

「情動分離」(Emotional separationと呼ばれる概念として捉えられることになると考えられることになるのです。

・・・

そして、

こうした「分離」や「情動分離」と呼ばれる自我の防衛機制の働きにおいては、上述したように、自らの心の内で感情の分離や隔離が進展していくことになるという点において、

それは、前回取り上げた「孤立」や「知性化」と呼ばれる心の働きとも互いに似通った特徴を持つ防衛機制のあり方としても捉えることができると考えられることになるのですが、

詳しくはまた次回改めて考察していくように、

こうした両者の間には、分離された感情や情動のその後の取り扱われ方の違いという点において、明確な相違点を見いだすことができると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:「情動分離」と「知性化」の過程における無意識の領域の内への感情の永続的な抑圧と再統合のあり方の違い、防衛機制とは何か?⑰

前回記事:心理学における「孤立」と「知性化」の関係と感情の観念化の過程、防衛機制とは何か?⑮

フロイトのカテゴリーへ
心理学のカテゴリーへ

スポンサーリンク

このページの先頭へ