心理学における「置き換え」の定義とは?現実的な観点と道徳的な観点に基づく二つのパターンと「昇華」との関係、防衛機制とは何か?⑩
前回書いたように、道徳的な善悪に関する裁定を自我に対して突きつけてくる心の領域である超自我の働きが深く関係する自我の防衛機制のあり方としては、
特に、「打ち消し」と「昇華」と呼ばれる二つの心の働きが挙げられることになると考えられることになるのですが、
このうち、後者にあたる「昇華」と呼ばれる心の働きについては、さらに、その前段階にあたる基礎的な自我の防衛機制のあり方として、「置き換え」や「補償」と呼ばれる心の働きが存在すると考えられることになります。
そして、このうち前者の「置き換え」と呼ばれる自我の防衛機制の働きについては、
冒頭で述べたような超自我の働きが深く関わってくる場合と、単に物理的制約や社会的制約といった現実の条件との兼ね合いから必要に迫られて行われる場合という大きく分けて二通りのパターンに分けることができると考えられることになります。
心理学における「置き換え」の定義とその具体例とは?
精神分析学などの深層心理学の分野においては、こうした自我の防衛機制の働きの一つとして分類される「置き換え」(Displacement)と呼ばれる概念は、「転置」や「転位」といった言葉として訳されることもあるのですが、
こうした「置き換え」あるいは「転置」や「転位」と呼ばれる心の働きとは、一言でいうと、
自らの心の内に存在する抑圧された欲求や衝動を、そうした欲求や衝動が引き起こされた本来の対象とは異なる別の対象へと向け換えることによってもともとの欲求や衝動の充足を図ろうとする心の働きとして定義することができると考えられることになります。
そして、具体的には、例えば、
家の中で親から暴力を受けている子供が、そうした親に対する怒りや憎しみを直接本人にぶつけて反抗することが難しい場合に、
学校に行って、あまり抵抗しなそうな自分より弱い子供に対して暴力を振るっていじめることによって、自分の心の奥底に抑圧されたもともとの怒りや憎しみの感情を発散させるといったケースや、
殺人や暴力といった犯罪行為や不道徳な行為に対する欲求や衝動について、それを現実の社会において実際に行うことによって犯罪者となってしまうのではなく、バイオレンス映画やホラー映画、あるいは、やドラマや小説といった様々な媒体におけるフィクションを通じて、
人間の心の内のどこかに存在するそうした暗い欲求や衝動の疑似的な充足が図られるといったケースなどが、
こうした「置き換え」と呼ばれる自我の防衛機制の働きが現実の状況において機能しているケースの具体例として挙げられることになると考えられることになります。
現実的な観点と道徳的な観点に基づく「置き換え」の二つのパターン
そして、
こうした心理学における「置き換え」の具体例として挙げた上述した二つのケースの内、まず、前者のケースにおいては、
両親から暴力を受けている子供は、親との対格差の関係や家庭における生活上の問題などから、そうした暴力を振るう親に対して直接的に反抗することは現実的には難しいと考えられ、
そうしたやりどころのない怒りや憎しみの感情を、自分よりも弱い別の子供を対象として吐き出すことによって、自らの心のバランスを歪な形で保っていると考えられることになるので、
こうしたケースにおいては、物事の善悪についての判断を突きつけてくる超自我の働きとは関係なく、
現実の条件との兼ね合いから必要に迫られていく形で、「置き換え」と呼ばれる自我の防衛機制の働きが機能していくことになると考えられることになります。
それに対して、後者のケースにおいては、
殺人や暴力といった犯罪行為は、単に現実の状況において実際に行動に起こすハードルが高い行為であるだけではなく、道徳的にも大きな抵抗がある行為であり、
そうした行為に対する暗い欲求や衝動が、犯罪映画やドラマの鑑賞といった道徳的な責任が生じない形で充足が図られていることになると考えられることになるので、
こうしたケースにおいては、まさに、自我に対して物事の道徳的な善悪についての判断を突きつけてくる超自我からの要請を受ける形で、
そうした道徳上のリスクが高い欲求や衝動のあり方が、道徳的にほとんど無害な欲求や衝動のあり方へと置き換えられていくことになると考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
深層心理学の分野において、「置き換え」あるいは「転置」や「転位」と呼ばれる心の働きのあり方は、
自らの心の内に抑圧された欲求や衝動を本来の対象とは異なる別の対象へと向け換えることによってもともとの欲求や衝動の充足を図ろうとする自我の防衛機制の働きとして定義することができると考えられ、
こうした「置き換え」と呼ばれる自我の防衛機制の働きにおいては、大きく分けて、
現実の条件との兼ね合いから必要に迫られて、そうした欲求や衝動の対象がより現実的なリスクが低く抵抗の少ない対象へと置き換えられていくパターンと、
道徳的な善悪の判断を自我に対して突きつけてくる超自我からの要請を受ける形で、そうした欲求や衝動の対象がより道徳的なリスクが低く社会にとって無害な対象へと置き換えられていくパターンという
二つのパターンが存在すると考えられることになります。
そして、詳しくはまた次回以降の記事で改めて考察していくように、
特に、こうした心理学における「置き換え」の二つのパターンの内の後者に属する超自我の働きが大きく関与する「置き換え」のあり方が、
「昇華」と呼ばれる最も洗練された自我の防衛機制の働きへと通じる心の働きとして位置づけられていくことになると考えられることになるのです。
・・・
次回記事:心理学における「補償」と「置き換え」の違いとは?抑圧された欲求や衝動が向かう外的な対象の変更と自分自身の心が持つ内的な特性の変化、防衛機制とは何か?⑪
前回記事:心理学における「打ち消し」や「取り消し」の定義と罪悪感や超自我の働きとの関係性、防衛機制とは何か?⑨
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