心理学における「投射」あるいは「投影」と呼ばれる心の働きの具体例と自己と他者の境界の不明確性の問題、防衛機制とは何か?⑥
前々回と前回の記事では、心理学における「退行」と「反動形成」と呼ばれる自我の防衛機制のあり方について、それぞれ詳しく考察してきましたが、
そうした現実の社会生活において生じる様々な心理的ストレスから自分自身の心を守ろうとする自我の防衛機制の働きの代表的な種類としては、
その他に、「投射」あるいは「投影」と呼ばれる心の働きも挙げることができると考えられることになります。
そして、
こうした「投射」や「投影」といった心の働きと正反対の特徴を持った防衛機制のあり方としては、「取り入れ」や「摂取」と呼ばれる心の働きが挙げられることになるのですが、
それでは、
こうした「投射」と「投影」、そして、「取り入れ」と「摂取」と呼ばれる自我の防衛機制のあり方は、
それぞれ具体的にどのような特徴を持った心理学上の概念として捉えられることになるのでしょうか?
心理学における「投射」あるいは「投影」と呼ばれる心の働きの具体例
まず、
心理学上の概念としての投射(投影、Projection)とは、
自分自身の心の内に存在する欲求や感情などの性質を無意識のうちに他者へと投げ入れてしまうことよって、そうした自分にとって受け入れがたい欲求や感情などを他者の側に転嫁してしまう心の働きのことを意味する言葉であり、
具体的には、例えば、
強い片思いの感情を抱いている人物が自らの一方的な感情を受け入れることができない場合に、片思いしている相手の何気ない言動や細やかな仕草の一つ一つに自分自身の愛情を投射してしまうことによって、
相手の方が自分のことを好きなっているに違いないという錯覚を勝手に抱いてしまうようなケースや、
その反対に、
はっきりとした敵意を向けられているわけでもなければ、明確に非難できる点があるわけでもないものの、何となく癇に障ったり不快な感情を抱かされる人物に出会った場合などに、
そうした自分の心の内に存在する嫌悪感や憎しみの感情を相手に投射することで、相手の方が自分のことを不当に嫌っていると思い込むことによって、自分自身の憎しみの感情を正当化してしまうようなケースなどが、
こうした投射や投影と呼ばれる心の働きの具体例として挙げられることになると考えられることになります。
心理学における「取り入れ」と「摂取」の定義と洗脳やマインドコントロールとの関係とは?
それに対して、
こうした投射や投影と呼ばれる心の働きの正反対の特徴を持った防衛機制のあり方である取り入れ(摂取、Introjection)とは、
他者が持っている価値観や感情をそのまま自分自身のものとして受け入れることによって、自分自身の人格や価値観を他者に依存する形で補強したり、外部との価値観や感情の衝突を回避したりする心の働きのことを意味する言葉であり、
こうした「取り入れ」や「摂取」と呼ばれる心の働きの具体例としては、
有名人や素晴らしい才能を持った人物などが自分の友人にいた場合に、そうした優れた友人の性質をそのまま自分自身の性質として「取り入れる」ことによって、
自分自身もそうした優れた友人たちと同様に優れた性質と価値を持つ人物であると思い込むようなケースなどが挙げられることになります。
また、
宗教の教義やイデオロギーなどが信者や信奉者たちに受け入れられていく際には、こうした外部の価値観をそのまま自分のものとして受け入れるという自我における「取り入れ」や「摂取」の働きが介在することになると考えられ、
そうした思想面における「取り入れ」や「摂取」の働きが過度に進められていく場合には、それは、洗脳やマインドコントロールにもつながる心の働きとして位置づけられることになるとも考えられることになるのです。
「投射」と「取り入れ」によって維持される自我認識のバランスと自己と他者の境界の不明確性の問題
以上のように、
人間の心は、こうした「投射」と「取り入れ」という二つの心の働きを通じて、
自我にとって受け入れることができる許容範囲を超えた過大な欲求や願望を他者へと「投射」することによって排除し、
それとは反対に、
他者の内に存在する自分の人格に不足している要素は、それを自らの自我の内への「取り入れ」を通じてそのまま受け入れていくという形で補完していくという作業を無意識の内に行っていると考えられ、
そうすることによって、
人間の心は、自らの人格や自我認識における適切なバランスをとっていると考えられることになります。
しかし、その一方で、
こうした「投射」や「取り入れ」といった心の働きがあまり適切ではない形で多用されてしまう場合には、
自己と他者の境界が不明確になり、現実における自らの人格のあり方と、「投射」や「取り入れ」の働きによって形成される自我認識のイメージとの間の乖離が大きくなり過ぎてしまうことにもなり得ると考えられ、
そうしたケースでは、前述したような洗脳やマインドコントロールの例からも分かる通り、
人は自らの人格のあり方を自分自身でも見失ってしまうことによって、かえって自分自身の人格の整合性が損なわれてしまうことになるので、
こうした「投射」と「投影」そして「取り入れ」と「摂取」と呼ばれる心の働きは、それが過度に用いられることによって自我認識のあり方を大きく歪めてしまう場合には、
長期的には自らの心のバランスを大きく崩してしまうことにもつながる防衛機制のあり方としても位置づけられることになると考えられることになるのです。
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次回記事:心理学における「同一化」と「同一視」の定義と自我の防衛機制における「取り入れ」が最大限に高められた自我認識のあり方、防衛機制とは何か?⑦
前回記事:反動形成とは何か?心理学における「反動形成」の定義と自我の防衛機制としての「逆転」との性質の違いとは?防衛機制とは何か?⑤
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