アシモフの『永遠の終り』における永遠人のジレンマ、最大多数の最大幸福の追求がもたらした種族としての人類の滅亡

前回の記事で書いたように、アイザック・アシモフの「銀河帝国興亡史」シリーズからのスピンオフ的な作品として位置づけられるタイムトラベルを題材とした『永遠の終り』(The End of Eternityと題されるSF小説のなかでは、

時場と呼ばれる現実における時間の流れから隔絶された世界から、現実世界における時間の流れへと干渉していくことによって、

現実における歴史の流れを、人類にとっての最大多数の最大幸福を満たすより優れた現実の形へと修正していくという使命を担った永遠人(エターナル)と呼ばれる人々の物語が語られていくことになります。

しかし、

この物語の結末においては、そうした永遠人たちによって創り上げられた永遠の秩序と統制のシステムによって、時間をも支配した人類は、

最終的に、そうした人類の全時代におけるすべての人々にとっての最大多数の最大幸福を限りなく実現していこうとしていくがゆえに、かえって人類全体の滅亡を招いてしまうことになるというジレンマへと陥ってしまうという問題点が明らかにされていくことになります。

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『永遠の終り』においてノイエスが語る永遠人がもたらした害悪の結末

アイザック・アシモフ『永遠の終り』The End of Eternity終幕に近い場面においては、

この物語の主人公である永遠人の技術者であるハーランと、永遠人たちの行為を止めるために彼を欺いてきた最愛の女性であるノイエスとの間で交わされる以下のような会話のなかで、

人類全体の最大多数の最大幸福を追求してきたはずの永遠人たちの行いが、遠い未来における人類の歴史に対してもたらすことになった重大な害悪の結果のすべてが解き明かされていくことになります。

・・・

彼は言った。

「そしていったん星々に到達できるようになると人類は地球を捨てて宇宙へ出ていった。そのくらいのこと、われわれのなかにだってとうに見通しているものがいるのさ。」

「ではその人たちは誤った判断をくだしたのです。人類は地球を見捨てようとしました。ところが不幸にして、わたしたちは銀河系のなかの唯一無二のものではないのです。ほかにも多くの惑星を持った多くの恒星があります。多くの知的生命体さえ存在しています。

すくなくともこの銀河系内に、人類ほど古い起源を持つものはありませんけど、人類が地球にへばりついていた十二万五千世紀のあいだに、もっと若い生命体がわたしたちに追いつき、追い越していたのです。恒星間飛行を開発し、銀河系全域に植民していたのです。…

というわけで、人類は先遣隊をひっこめ、ふたたび地球に帰りました。ですがいまでは彼らにも、地球なるものの正体がわかってしまったのです

無限の自由にかこまれた格子なき牢獄……。そして人類は滅びました!

(アイザック・アシモフ著、深町真理子訳『永遠の終り』、ハヤカワ文庫、324ページ。)

・・・

そして、

そうした永遠人たちの時間をも支配する完璧なはずの計画が、結果としてもたらすことになった最悪の事態について、その衝撃の強さから、いまだに理解できずにいるハーランに対して、

たたみかけるようにして、ノイエスは自らの言葉をさらに先へとつないでいくことになります。

・・・

ただ滅びたのではありません。それには数千世紀かを要しました。そのかん多少の浮き沈みはありましたが、全体を通して見れば、そこにあったのは抜きがたい目的意識の喪失、無常感、虚脱感だけでした

やがてついに出生率の決定的な低下を見、最後に絶滅がきました

あなたがたの<永遠(エターニティ)>がそれをしたのです

(アイザック・アシモフ『永遠の終り』、324~325ページ。)

・・・

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最大多数の最大幸福の追求が種族としての人類の滅亡という最大不幸の実現へとつながってしまうという永遠人のジレンマ

つまり、

こうした『永遠の終り』の終幕の場面においては、永遠人たちの計画を阻もうとするノイエスの口を通じて、

永遠人たちが人類の全時代におけるすべての人々にとっての最大多数の最大幸福を限りなく実現していこうとするがゆえに行ってきた現実世界の時間の流れに対する干渉によって、新たな自由な発想の展開や、種族としての人類の進化の道が徐々に失われていき、

そのことがひいては人類全体の滅亡という最大の不幸の実現へとつながっていってしまうことになるという永遠人のジレンマが示されていると考えられることになります。

そして、そこでは、

人類の全時代におけるすべての人々にとっての最大多数の最大幸福を限りなく実現していこうとして、現状の価値観に基づく秩序と統制を強めていくがゆえに、

そのことによって、人間のにおける自由と可能性の広がりの道が閉ざされ、かえって、種族としての人類の滅亡を早めてしまうことにつながってしまうという

永遠人、あるいは、そうした人間の自由な思想を抑制する統制型の社会が必然的に抱え込むことになる重大な欠陥と問題点についての示唆を見いだすことができるとも考えられることになるのです。

・・・

次回記事:永遠(エターニティ)の終りと無限(インフィニティ)の始まり、アシモフの『永遠の終り』における銀河帝国興亡史への布石

前回記事:永遠人とは何か?アシモフの『永遠の終り』において語られる無限の時間軸を包む空虚な永遠の世界を手に入れた人々の姿

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