『ファウンデーションの彼方へ』で語られる自由と平和と生命という人類における三つの至上の価値をめぐる論争の結末とは?
前回書いたように、アイザック・アシモフによって書かれた銀河帝国興亡史シリーズの三部作の続編にして、シリーズ全体の集大成としても位置づけられる作品である『ファウンデーションの彼方へ』(Foundation’s Edge)と題される小説においては、
自由と平和と生命という人間にとって根源的な三つの価値のうち、人類はいずれの概念を最も重要な価値としてを選び取るべきのか?という論題を通して、
人類が進んで行くべき理想的な社会のあり方についての議論が深められていくことにになります。
それでは、
こうした『ファウンデーションの彼方へ』という作品のなかでは、より具体的にはどのような形で、こうした自由と平和と生命という人類が進むべき道の指針となる三つの概念についての言及がなされていると考えられるのでしょうか?
ブラノ市長と、発言者ジェンディバル、そして、ノヴィの三者のそれぞれが標榜する理想的な人間社会の形とは?
『ファウンデーションの彼方へ』の作品のなかでは、
こうした自由と平和と生命という三つの指針のうちから最も重要な一つの指針を選び取る裁定者として、
第一ファウンデーションの首都ターミナス(テルミナス、Terminus)の若き議員であり、天性のたぐいまれな洞察力と直観力を備えた人物であったトレヴィズが選ばれることになります。
そして、
この作品の終盤の場面においてトレヴィズは、
自由を至上の価値としたうえで、優れた科学技術と強大な軍事力を思うがままに用いることによって、第二帝国による銀河系の統一を目指す第一ファウンデーションの首長であるブラノ市長と、
平和と秩序を至上の価値としたうえで、その計画の創始者の名前にちなんでセルダン・プランと呼ばれる計画に従って、細部まで計算し尽くされた銀河帝国の再生を指導していこうとする第二ファウンデーションを主導する若き発言者ジェンディバル、
そして、
そのどちらの道でもなく、自らの内に個々の生命体の自由と、その集合体である生態系全体の秩序とが両立する生命こそが人類が目指すべき理想的な社会の指針となるべき至上の価値であると考えるガイアを代表する一人の女性であるノヴィという
三人の人物が語るそれぞれが理想とする三つの人間社会の形のなかから、人類が進むべき一つの道を選択する決断を迫られていくことになるのです。
「自由意志」「指導と平和」「生命」という三つの指針となる選択肢のうちからトレヴィズはどの指針を選び取る裁定を下したのか?
ちなみに、
トレヴィズその人が、こうした人類の命運を決定づける裁定を下すという大役を担うのに最も適した人物であるということは、
惑星全体を包む集合意識の働きによって、トレヴィズ自身の精神の構造を直接感知することができるガイアと、
ハリ・セルダンを始祖とする心理歴史学者の集団であり、人間の精神を統計学的に適切に分析することが可能な第二ファウンデーションにとっては、容易に検証することが可能な事実であり、
そうした特殊な精神的能力を持たない第一ファウンデーションにとっては、裁定者として選ばれたトレヴィズ自身が第一ファウンデーションの首都ターミナスの市議会議員という、いわば、身内にあたる人物であるということによって、
彼が裁定者として選ばれることの正当性が確保されていると考えられることになるのですが、
こうした第一ファウンデーションと第二ファウンデーション、そして、ガイアという三者の間で繰り広げられる、それぞれの陣営が理想とする人間社会の形をめぐる議論は、
小説のクライマックスの場面において、ブラノ市長とジェンディバルとノヴィの三者が語る以下のような三つの発言において集約されていく形で、提示されていくことになります。
・・・
トレヴィズは黙って座っていた。
他の者たちも沈黙していたが、トレヴィズには自分の脈拍の音が聞こえるように思われた。
ブラノ市長の声が断固としていうのが聞こえた。「自由意志!」
発言者ジェンディバルの声が横柄にいった。「指導と平和!」
ノヴィの声が必死にいった。「生命」
(中略)
かれはコンピュータのターミナルに両手を置き、いまだかつて知らなかったような強さで考えた。
かれは決断を下したのだった――銀河系の運命のかかる決断を。
(アイザック・アシモフ著、岡部宏之訳『ファウンデーションの彼方へ(下)』、早川書房、315~316ページ。)
・・・
そして、
トレヴィズが、こうした作品の本文中の表現でいうところの「自由意志」と「指導と平和」そして「生命」という三つの指針のうちから、いずれの指針を実際に選び取る裁定を下すに至ったのか?ということについては、しばらく後の物語のエピローグの部分において語られていくことになり、
そこでは、ノヴィと共にガイアを代表する役割を担っていた女性であるブリスと、トレヴィズとの間に交わさる以下のような会話の中で、そうしたトレヴィズの決断の具体的な内容が明かされていくことになります。
・・・
ブリスはゆっくりと首を振った。
「あなたの精神はガイアにとって立ち入り禁止なの。知っているでしょう。あなたの決断が求められた。そしてそれは汚れのない、いじられていない精神の決断でなければならなかった。」…
トレヴィズはいった。
「下さなければならなかった決断は、下してしまった。ぼくはガイアとガラクシアに好意的な決断をした。ではなぜ今頃、汚れのない、いじられていない精神なんか持ち出すんだ?きみたちは欲しいものを手に入れた。そして今なら、ぼくをどうでも好きなように扱うことができるじゃないか。」
(アイザック・アシモフ著、岡部宏之訳『ファウンデーションの彼方へ(下)』、早川書房、331ページ。)
・・・
以上のように、
『ファウンデーションの彼方へ』の終盤の場面において、銀河系の内に生きる人類全体の命運を決定づける決断を下す裁定者としての役目を任されることになったトレヴィズは、
第一ファウンデーションが標榜する「自由意志」と、第二ファウンデーションが標榜する「指導と平和」、そして、そのどちらの陣営にも属さない第三の勢力であるガイアが標榜する「生命」という三つの指針となる選択肢のなかから、
ガイアが主張する生命の道を、人類が進んで行くべき真の理想の社会へと通じる道として選び取るに至ることになったと考えられることになるのです。
・・・
次回記事:アシモフの「銀河帝国興亡史」のガイアとは何か?①大地の女神ガイアと『ファウンデーションの彼方へ』におけるガイアの記述
前回記事:『風の谷のナウシカ』とアシモフの「銀河帝国興亡史」の関係とは?両者に共通する社会哲学的な思想の構図
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