原生動物という言葉は存在するのになぜ原生植物という言葉はほとんど見られないのか?
前回の記事で書いたように、生物学においては、一般的に、単細胞性の真核生物である原生生物のなかでも、
アメーバやゾウリムシといった動物としての性質を強く持った単細胞生物のことを指して原生動物という表現が用いられていると考えられることになりますが、
それに対して、
原生植物といった表現は、少なくとも生物学的な生物の種族の分類のあり方においては、ほとんど目にすることがない表現であると考えられることになります。
それでは、
こうした生物学的な種族の分類のあり方において、原生動物という言葉は存在するのに、それに対応する原生植物という言葉はほとんど見られない理由としては、具体的にどのような理由があると考えられることになるのでしょうか?
自然のままの状態にある植物の姿を意味する原生林と原生植物という言葉
そもそも、
原生生物や原生動物といった生物学上の概念において用いられている「原生」(げんせい)という言葉は、
生物の姿が新たな種の進化や外部からの影響などによって変化を受けることなく、もともとの原始的な状態を保ったまま存在していることを意味する言葉であると考えられることになりますが、
ちなみに、
冒頭で述べたように、生物学的な種族の分類上の概念においては、原生植物という表現をほとんど目にすることがないからといって、
それは、必ずしも原生植物といった表現自体が言葉としてまったく存在していないということを意味するわけではなく、
例えば、
太古の昔から現在に至るまで一度も人手が加えられたことのない自然のままの森林の姿のことを指して、原生林といった表現が用いられることがあるように、
人間の手が加えられていないもともとの自然のままの状態にある植物の姿のことを指して、原生植物という表現自体を使うことは可能であると考えられることになります。
しかし、
こうした意味における原生植物や原生林といった表現においては、あくまで、特定の地域に生息している植物の種類や構成のあり方が、その地域に特有の太古の昔からの状態のままに保存されているといったことが示されているだけであって、
こうした表現においては、そこに生息している植物の種族自体が単細胞生物のように原始的な構造を持った生物の種族であるということが意味されるわけではないと考えられることになるのです。
生物の種族の分類において原生植物という概念が用いられない理由とは?
それでは、
そうした生物の種族自体の分類のあり方において、原生動物という概念は用いられるのに、それに対応するはずの原生植物という概念が用いられることはほとんどないのはどうしてなのか?ということについてですが、
それについては、やはり、
こうした伝統的な生物学の大本の土台にある動物と植物の二界説の考え方のうちに、その大本の原因を求めることができると考えられることになります。
詳しくは前回の記事で考察したように、
現代にまで通じる生物学の基礎は、古代ギリシアの哲学者であるアリストテレスの時代に体系化されたと考えられ、
そうしたアリストテレス哲学に基づく伝統的な生物学においては、すべての生物を動物か植物かのいずれか一方へと区分する動物と植物の二界説の考え方に基づいて生物の種族のグループ分けが進められていったと考えられることになります。
そして、
こうしたアリストテレスの動物と植物の二界説においては、進化といった概念自体が直接提示されているわけではないものの、
生命は、無生物の段階から人間のような知性を持った生物の段階へと序列づけがなされていく形で展開してきたと説明されることになるのですが、
そうした生物の種族の序列関係において、植物は、自ら動くこともできなければ、能動的に栄養摂取を行うこともできない原始的な生物として、
より高等な生物のグループであるとされる動物よりも劣った地位に位置づけられる生物として捉えられていくことになります。
つまり、
こうしたアリストテレスの動物と植物の二界説の考え方に基づく生物の分類のあり方においては、
植物の存在自体が、原生動物を含むあらゆる動物よりも劣ったより原始的な生物のとして位置づけられることになるので、
そうしたそもそもが原始的な生物であるとされている植物においては、動物における原生動物と同じ表現を用いる形で、わざわざより原始的な構造であることを意味する原生植物という表現が用いられる必要性はなかったと考えられることになるのです。
そして、そういう意味では、
こうした古代ギリシアのアリストテレスの時代にまでさかのぼる生物における動物と植物の二界説の立場に基づいて、原生動物と呼ばれる生物の一群の分類学上の位置づけのあり方の問題についてより詳細に考察していった場合、
それは、より下位の段階にある生物である植物から、より上位の段階にある生物である動物への発展過程に位置づけられている生物といったイメージ、
すなわち、動物のなかでは比較的植物に近いより下位の段階にある原始的な動物という意味で、こうした原生動物という言葉が用いられていくことになったとも考えられることになるのです。
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次回記事:微生物と原生動物との違いとは?ミジンコが原生動物ではない理由とは?
前回記事:生物学における原生動物の二通りの位置づけとは?アリストテレスの二界説と近代生物学における生物の分類のあり方の違い
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