ヘラクレスによるエリス攻略と双子の英雄エウリュトスとクテアトスとの戦い、オリンピア祭の古代ギリシア神話における由来③

前回の記事で書いたように、古代オリンピックの起源ともなった古代ギリシアにおけるオリンピア祭の由来となるギリシア神話の物語のうちの一つとしては、

こうしたオリンピア祭が行われていた古代都市オリンピアが位置していた地方にあたるエリスの英雄ペロプスピーサの王女ヒッポダメイアへの求婚の物語が挙げられることになるのですが、

そのほかにも、

こうした古代ギリシアにおけるオリンピア祭の起源となったとされる物語としては、ギリシア神話における半神半人の英雄として有名なヘラクレスによるエリス攻略と、双子の英雄エウリュトスとクテアトスとの戦いの物語も挙げられることになると考えられることになります。

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アウゲイアス王が犯した偽証の罪とヘラクレスの追放

ギリシア神話における半神半人の英雄であり、怪力を持つ豪傑としても有名なヘラクレスは、ギリシア各地へと赴いて十二の功業として知られる怪物退治の偉業を成し遂げていく途中に、

ギリシア南部の半島にあたるペロポネソス半島の西部に位置するエリスの王であったアウゲイアスのもとを訪れることになります。

そして、

この地で3000頭の牛がひしめいている巨大な牛小屋30年間にわたって一度も掃除がされずに荒れ放題になっているのを目にしたヘラクレスは、

アウゲイアス王に対して、自分ならばこの荒れ放題の家畜小屋一日で掃除し尽くすことができるが、その対価として王が所有する牛の10分の1をもらおうと持ちかけ、

どうせそのようなことはできるはずがないと高をくくっていたアウゲイアス王は、ヘラクレスの条件をのんで、彼に家畜小屋の掃除を命じることになるのですが、

王の予想に反して、ヘラクレスは、家畜小屋の近くを流れるアルペイオスペーネイオスと呼ばれる二つの川の流れをねじ曲げてしまうことによって、家畜小屋の汚れを一気に流れ落として、この難題を見事に解決してしまうことになります。

しかし、

報酬を支払うのが惜しくなったアウゲイアス王は、仕事を終えて戻ってきたヘラクレスに対して、そのような約束をした覚えはない嘘をついて、彼に対して報酬の牛を引き渡すのを拒み、ヘラクレスを自らの所領であるエリスの地から追放してしまうことになります。

そして、この時、

ただ一人、アウゲイアス王の息子の一人であったピュレウスだけが、たとえ自分の父であったとしても、真実をねじ曲げて偽証することはできないと考えて、王はヘラクレスに対して報酬を支払うと確かに約束したと証言することになるのですが、

息子の裏切りに対して激怒したアウゲイアス王は、真実の証言をなした自らの息子であるピュレウスのことも、ヘラクレスと共にエリスの地から追放してしまうことになるのです。

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英雄ヘラクレスによるエリス攻略と双子の英雄エウリュトスとクテアトスとの戦い

そして、その後、

十二の功業を達成して自由の身となったヘラクレスは、かつて自分のことを欺いて約束を破ったアウゲイアスに対して報復するために、ペロポネソス半島の中央部にあたるアルカディアの地軍勢を集めると、ついに、アウゲイアス王が治める地であるエリス攻略へと乗り出していくことになり、

それに対して、アウゲイアス王の側は、自らの国を守るエリスの将として、ポセイドンの息子であるともされるエウリュトスクテアトス双子の英雄を任命することになります。

そして、その後、

行軍の途上において病を患うことになったヘラクレス休戦を申し入れて、エリス軍の側も一度はそれを受け入れることになるのですが、

ヘラクレスが病気であることを知ったエリスの軍勢は、これを戦いに勝利するための絶好の機会であると考え、休戦の約束を破って攻め寄せてきたので、ヘラクレスは後退を余儀なくされてしまうことになります。

しかし、そののち、

病が癒えたヘラクレスは、ポセイドンを祀るイストモス大祭へと赴いていたエリスの将であったエウリュトスクテアトスのことを待ち伏せてこれを倒すと、

将を失って混乱に陥ってしまったエリス軍を打ち破って、そのままエリスの市内へと進軍し、アウゲイアス王と彼と共にヘラクレスを欺く偽証に加担した息子と重臣たちを処刑してしまうことになるのですが、

その後、ヘラクレスは、

かつて、自らの立場をかえりみずに、真実の証言をなして彼のことを助けようとしてくれた真実の人であるピュレウスのことを呼び寄せて新たなエリスの王として迎え入れることになるのです。

・・・

そして、この時、ヘラクレスは、

エリス攻略における勝利を記念すると共に、この戦いで命を落とした双子の英雄であるエウリュトスクテアトス、そして、かつてこの国の発展の礎を築いたエリスの英雄ペロプスのことを讃えて、この地にオリンポス十二神を祀る六つの祭壇を築いていくことになり、

その祭壇の近くで神々と英霊に対して捧げられる運動競技を行っていくことになったのが、古代ギリシアにおけるオリンピア祭、そして、古代オリンピックの起源となったとも考えられることになるのです。

・・・

次回記事:英雄アキレウスによるパトロクロスの仇討ちと死者の霊に捧げられた競技会、オリンピア祭の古代ギリシア神話における由来④

前回記事:英雄ペロプスの王女ヒッポダメイアへの求婚と戦の神アレスと海の神ポセイドンの戦車競走、オリンピア祭の古代ギリシア神話における由来②

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