蚩尤とは何か?涿鹿の戦いにおける黄帝軍と蚩尤軍の間の中国神話の古代世界における最終戦争と歴史時代への転換点

前回書いたように、中国神話における神農(しんのう)を中心とする三皇の時代から、黄帝(こうてい)に始まる五帝の時代への転換においては、

農耕社会を中心とする自然的な共同体から、工業技術の広く発達した統一的な社会秩序をもった文明国家への国家体制の転換が進められていったと考えられることになります。

しかし、

こうした神農とその子孫たちによる呪術的な要素を含む農耕社会から、黄帝の治世に始まる文明国家への転換においては、そのままスムーズな形で政権の交代が進んでいったわけではなく、

黄帝による新たな治世の始まりにおいては、神農の血を引く蚩尤(しゆう)と呼ばれる古代の戦神との間で、

黄帝と蚩尤の両者の覇権をかけた中国神話のなかの古代世界における最終戦争が引き起こされていくことになるのです。

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神農の子孫にして炎帝氏の一族に属する兵の神としての蚩尤

蚩尤(しゆう)とは、古代中国における伝説上の帝王の三皇のうちの最後の一人である神農(しんのう)の子孫であるとされる古代の戦神であり、

その姿は神農と同様に、体は人間でありながら、頭は牛の姿をした牛頭人身の姿をしていて、さらに、銅の頭鉄の額を持ち、石や鉄を食べることができたとされています。

そして、

蚩尤は、神農自身が炎帝神農氏(えんていしんのうし)とも呼ばれているように、火を司る神である炎帝氏の一族に属する覇王であると考えられていて、

こうした炎帝氏の末裔である蚩尤は、炎を使った金属の精錬に優れていたとされ、武器に金属を用いることによってその強度を大幅に向上させるとともに、

矛(ほこ)戦斧(せんぷ)弩(おおゆみ)といった古代世界における強力な武器を発明した兵主神、すなわち、兵(つわもの)の神として位置づけられていくことになります。

涿鹿の戦いにおける黄帝軍と蚩尤軍の間の古代世界における最終戦争

そして、

三皇の治世の後を継いで、黄帝による中国全土の新たな統治が進められていくようになると、

神農の末裔にあたる炎帝氏に属する覇王である蚩尤がこうした黄帝による治世に対して異を唱え

黄帝と蚩尤の両者に付き従う軍勢同士が衝突することによって、中国神話における古代世界の全土を巻き込む大規模な戦乱が引き起こされていくことになります。

黄帝には、華北と華南に住む漢民族の大部分が付き従うことによって、数の面では大きく優勢に立ち、黄河中流域の平原地帯にして古代中国文明の中心地域である中原の大部分の領土をも制することになるのですが、

それに対して、

蚩尤は、中国の四方の辺境の地に住む蛮族や、北方に住む強大な巨人族を自らの味方に引き入れ、さらに、山々の奥地や地の底からも魑魅魍魎を呼び起こして自らの軍勢に加えることによって黄帝の勢力に対抗していくことになります。

そして、

こうした黄帝と蚩尤が率いる両者の大軍勢は、ついに、黄河の北方、中国の華北と東北地方(満州)の境目に位置する涿鹿(たくろく)の地において対峙し、この地において互いの覇権をかけて争われる古代世界における最終戦争が勃発することになるのです。

涿鹿の戦いにおいては、兵士の数文明の利器においては勝る黄帝軍がはじめのうちは有利に展開するものの、

蚩尤の軍勢が用いる強力な武器と、巨人や魍魎たちが駆使する恐ろしい力によって苦しめられ、徐々に黄帝軍の側が押し返されていくことになります。

そして、

これを勝機と捉えた蚩尤は、自らが持つ妖力によって涿鹿の地に濃い霧を立ち込めさせ、

濃霧の中で方向感覚を失い、四方八方から魑魅魍魎たちに襲われた黄帝の軍勢は、恐慌状態へと陥ってしまうことになります。

しかし、

そのような絶体絶命の窮地の中、黄帝は、自らが持つ文明の力を活用し、指南車と呼ばれる機械仕掛けの羅針盤のような装置を使うことによって、霧の中で敵の本隊がいる方向をしっかりと見定めて直進していき、

虚を突かれた蚩尤の軍勢をそのまま正面から突破することによって、戦いに勝利をおさめることになります。

そして、

涿鹿の戦いに敗れた蚩尤は捕らえられ、二度とこの世界の内で戦乱を引き起こすことがないように、両手と両足に手枷と足枷をはめられたうえで処刑されることによって、

神農の子孫である炎帝氏の流れをくむ古代の覇王たちによる治世の時代は完全に終わり告げ、

新たに黄帝とその子孫である五帝による治世から、その後の(か)、(いん)、(しゅう)といった古代中国の歴代王朝へと続く、

古代中国における歴史時代がその幕開けを迎えることになったと考えられることになるのです。

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以上のように、

黄帝と蚩尤の両者が率いる大軍勢が一挙に衝突した涿鹿の戦いにおいては、互いの覇権をかけた争いが、

人間だけではなく、神話のなかの古代の神々や、巨人族、地底に潜む魑魅魍魎までも含めたあらゆる勢力が一堂に会する形で古代世界における最終戦争が繰り広げられていくことになったと考えられることになります。

そして、

こうした中国神話における最も大規模な戦争に勝利した黄帝がその後の中国を支配し、漢民族の祖とされていくことによって、

その後の古代中国における伝承の中からは、こうした魑魅魍魎巨人たち、あるいは、蚩尤といった古代の神々は徐々にその姿を消していくことになり、

以上のような黄帝と蚩尤による戦いを一つの境として、異形の姿をした神々や魍魎たちではなく、生身の人間自身が自らの手によって国をつくり上げていく古代中国における歴史時代が始まっていくことになると考えられることになるのです。

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次回記事:指南の方位が「南」である三つの理由とは?『易経』と陰陽五行説における「南」という方位の位置づけ

前回記事:黄帝とは何か?漢民族の祖にしてすべての皇帝の伝説上の始祖となる帝王による工業技術の発展した文明国家の建設

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