天然痘ウイルスの撲滅にワクチン接種が有効であった理由とは?DNAウイルスとRNAウイルス①
前回書いたように、
生物の細胞の中には、遺伝物質としてDNAだけではなくRNAを持つ部分も存在するのですが、
その一方で、
ウイルスの内部にある遺伝子も、必ずしもRNAだけというわけではなく、遺伝子としてRNAを持つRNAウイルスの他に、遺伝子としてDNAを持つDNAウイルスも存在することが分かっています。
こうしたDNAウイルスとRNAウイルスにおける性質の違い、そして、それぞれの遺伝子を持つウイルスの代表的な種類としては、どのような種類のウイルスが挙げられることになるのでしょうか?
DNAウイルスの代表格である天然痘ウイルスの根絶までの歴史
遺伝子としてRNAの代わりにDNAを持つ、DNAウイルスの代表的な種類のウイルスとしては、
まずは、天然痘ウイルスの名が挙げられることになります。
天然痘ウイルスは、古代エジプトの時代から20世紀に至るまで、長きにわたって人類を苦しめ続けてきたウイルスであり、
非常に強い感染力と20%から50%程度にものぼる致死率の高さなどから、世界中の人々に恐れられてきました。
日本でも奈良時代頃から江戸時代に至るまで何度も天然痘の流行が見られ、
例えば、摂関家として有名な藤原氏の実質的な家祖である藤原不比等の子として朝廷の実権を握った藤原四兄弟も天然痘の流行により相次いで病死していますが、
そのことが聖武天皇が奈良の大仏の建立を決める一因にもなったと考えられています。
しかし、それと同時に、
天然痘ウイルスは、人類が自然界からの根絶に完全に成功した最初の病原体としても知られていて、
ワクチン接種が進んだことによって、1977年を最後として、それ以降の自然発生による天然痘ウイルスの感染者は確認されておらず、
現代では、ワクチンによって完全に駆逐することに成功したウイルスであると考えられています。
天然痘ウイルスの撲滅にワクチン接種が有効であった理由とは?
それでは、なぜ、古来からの長きにわたって人類を苦しめ続け、感染力も致死率も極めて高い強力なウイルスであったはずの天然痘ウイルスが、世界全体にワクチンの接種が広まることによって完全に撲滅されるに至ったのか?ということについてですが、
その理由は、天然痘ウイルスがDNAウイルスと呼ばれる種類に分類されるウイルスであったことにあると考えられることになります。
天然痘ウイルスに代表されるDNAウイルスの遺伝子は、生物の細胞におけるDNA遺伝子と同様に二本鎖の二重らせん構造をとるものが多く、
二本鎖のうち片方の遺伝情報が傷ついても、残されたもう一方の鎖の遺伝情報からの復元が行われるという修復機能が働くことになるので、
一本鎖のみから成るRNAウイルスの遺伝子に対して、より安定性の高い構造を持つことになります。
そして、こうした遺伝的性質の安定性の高さから、
DNAウイルスは、いったん宿主となる生物にうまく適合した性質を手に入れると、その性質を数万年にわたって長く保ち続けることになり、
まるで、その生物に対する天敵であるかのように、永続的に宿主となる種族にとりついて、彼らを長く苦しめ続けることになるのです。
しかし、その一方で、
遺伝形質が永続的に保たれ、ウイルスの種族としての型がほとんど変異しないということは、逆に言えば、
いったんそのウイルスの弱点となる部分が見つけ出され、ワクチンなどの人為的な予防手段の標的とされてしまうと、
そうした予防手段をかいくぐるために、ウイルスの側から自分の性質を積極的に変異させていくこともほとんどできないということを意味することにもなります。
つまり、
DNAウイルスは、遺伝的性質の安定性が高く、宿主に対する有利な性質を長く保ち続けることができる反面、
ワクチン接種によって、宿主となる種族の免疫系にウイルスの人相が広く知れわたってしまい十分な対策がとられるようになってしまうと、
自分の顔を変えたり変装したりすることは苦手なので、リンパ球などの免疫細胞にすぐに捕まってしまうことになるというように、意外ともろい側面もあると考えられるということです。
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以上のように、
天然痘ウイルスは、ウイルスとしての遺伝情報の安定性は高いが変異するスピードは極めて遅いというDNAウイルスとしての弱点をワクチン接種によって非常にうまく突かれてしまったことによって急速に駆逐されていき、ついには撲滅されるに至ったと考えられることになるのです。
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次回記事:インフルエンザにワクチン接種後にも感染してしまう理由とは?DNAウイルスとRNAウイルス②
前回記事:生物の細胞の中に存在する三種類のRNAの役割とは?メッセンジャーRNAとトランスファーRNAとリボソームRNA、DNAとRNAの違いとは?③
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