自然現象には存在しない合目的的で必然的な生命に特有の二つの定義とは?、生命とは何か?③
前回書いたように、
すべての生物に共通する一般的な特徴を示す生物の定義におけるそれぞれの概念を比較検討していくことによって、生命の定義は、
「エネルギーと物質の代謝」「自己複製」「恒常性」という三つの定義にまで絞り込むことができると考えられることになります。
そして、ここからさらに生命の原理の核心となる要素を取捨選択によって絞り込んでいくためには、
上記の三つの概念について、さらに詳しく検討し、それが本当に生物に固有の機能を指し示す概念であるのか否か?ということについて十分に吟味していくことが必要となります。
一般的な自然現象におけるエネルギーと物質の代謝
すると、まず、
上記の三つの生命の定義のはじめの定義である「エネルギーと物質の代謝」という現象については、
それが生物に固有の仕組みであるのか?ということに少し疑問が生じると考えられることになります。
「代謝」とは、「新陳代謝」などとも呼ばれるように、古いものが新しい物へと次々に入れ替わっていくことを示す概念であり、
より生物学的な定義としては、生物の体内で行われている物質の連鎖的な化学変化や、それに伴うエネルギーの出入りのことを意味する概念ということになります。
しかし、そうすると、
こうした、単に古い物が新しい物へと順次入れ替わっていき、物質の化学反応が連鎖的に生じていくという現象は、
分子や原子におけるミクロレベルの現象から、地球上の地殻変動といったマクロレベルの現象に至るまで、様々な自然現象において見られる比較的ありふれた現象であると考えられることになります。
例えば、
太陽から発せられる強力な紫外線を上空でカットする働きを持つオゾン層は、
酸素原子が3つ連なった構造を持つオゾン分子が、紫外線を吸収した衝撃によって酸素原子と酸素分子に分解することによって紫外線が地表まで到達するのが妨げていますが、
その解離した酸素原子が、成層圏下部で再び酸素分子と結びつく化学反応を起こすことによって、新たなオゾン分子が生成されることになります。
つまり、
地球上空におけるオゾン層の働きは、成層圏上部においてオゾン分子が紫外線のエネルギーを取り入れることによって酸素分子と酸素原子へと化学変化し、成層圏下部へと降りた酸素分子と酸素原子が、今度はエネルギーを放出して結合することによって新たなオゾン分子が生まれるという、連続的な化学反応のサイクルによって維持されているということです。
また、
地球上の地殻変動においては、地球表面を覆うプレートは、長い時間をかけて徐々に移動して、別のプレートとぶつかり、その下へと沈み込んでいくことによって、マントルの中へと溶け込んでいくことになりますが、
その一方で、古いプレートが消滅していく反対側では、地殻を生み出していく新たなプレートが生成し、新しい大陸の形が作られていくことになります。
このように、
オゾンの生成と分解といったミクロのレベルの物理現象においても、地殻プレートの生成と消滅といったマクロのレベルの物理現象においても、
古いオゾン分子が酸素分子と原子へと分解し、それが材料となって再び新しいオゾン分子が生成する、あるいは、古いプレートが消えていき、新しいプレートへと徐々に置き換わっていくというように、生物における新陳代謝と同様の現象が見いだされることになるのです。
必然的で合目的的な二つの生命の定義
それでは、これに対して、
「自己複製」と「恒常性」という残りの二つの生命の定義をなす概念の方は、こうした一般的な自然現象の内に見いだすことができる現象であるのか?ということについてですが、
上記の例で考えると、例えば、
オゾン分子は連鎖的な化学反応によって分解と生成を繰り返しているとはいっても、それは、太陽からの紫外線という外部からの物理作用によって偶発的にもたらされている現象であって、
そこには自分自身の機能によって自分と同じ個体を生成する「自己複製」の機能も、能動的に自分自身の構造を維持しようとする「恒常性」の機能もまったく存在しないということになります。
また、
地殻プレートの生成と消滅においても、膨大な時間はかかるものの、大陸の形は
時の流れの中で確実に大きく形を変えていき、常に新しい状態へと偶発的に変化していくだけであって、
そこにはやはり「自己複製」や「恒常性」といった仕組みはまったく見られないということになります。
以上のように、
冒頭に提示した生命の三つの定義のうち、
一番目の定義である「エネルギーと物質の代謝」という定義については、それは生物だけに特有の現象ではなく、他の様々な自然現象にも共有されうる概念であると捉えられることもできるのですが、
それに対して、
残りの「自己複製」と「恒常性」という二つの生命の定義の方は、一般的な自然現象には見られず、それは自然界においては生物に特有の現象であると言っても過言ではない概念であると考えられることになるのです。
つまり、
オゾン分子や地殻プレートの例で挙げたように、自然現象においても、古いものが新しい物へと次々に入れ替わっていく現象や、物質やエネルギーの連鎖的な化学変化といった、生物における「代謝」の概念に相当する現象は幅広く見られることになるのですが、
自然現象という無生物における現象では、そうしたエネルギーや物質の代謝現象は、偶発的で無目的な形で繰り返されていくだけに過ぎないのに対して、
生物の場合では、こうしたエネルギーや物質の代謝が行われていく際に、代謝によって新たに生み出されたエネルギーや物質を利用して、
分裂や生殖による自己複製や、自らの内部構造を能動的に保とうとする恒常性の維持が必然的で合目的的な形で行われていくことになるという点に、
生物と無生物における化学変化や新陳代謝のあり方の決定的な違いがあると考えられることになるのです。
・・・
そして、上記のような考察を経ることによって、
「自己複製」と「恒常性」という二つの原理が、生命現象に特有の機能を示す生命の原理の核心を担う二つの生命の定義として残されることになるのですが、
この残された二つの生命の定義のうち、どちらの定義が真の意味で生物を生物たらしめている生命の本質を指し示す定義であるのか?という問題については、
生命についての探究をさらに進めていくことによって、特に、ウイルスは生物であるのか否か?という問題について新たな考察を加えていく中で明らかになっていくと考えられることになります。
ですが、こうしたさらなる探究へと進んで行く前に、
上記の生物の定義の中で、「恒常性」という概念は、もう一方の「自己複製」の概念と比べてより複雑であり、その概念の本質を的確に捉えることが難しい概念でもあるので、
まずは、この「恒常性」という概念自体について、さらなる吟味と検討を重ねていくことが必要となります。
・・・
次回記事:生物の恒常性と鉱物の恒常性の違いとは?フライパンと形状記憶合金、生命とは何か?④
関連記事:
前回記事:生命の三つの定義とは何か?よりシンプルで的確な定義の模索、生命とは何か?②
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