快楽の純粋性とは何か?書物や芸術の世界から得られる純度の高い快楽、快楽計算とは何か?⑩
前回書いたように、
通常の身体的快楽や社会的快楽においては、それぞれの快楽は、一つ一つ単独では成立せずに、複数の快楽が互いに絡まり合って継起していく形で成立していると考えられることになります。
そして、
そうした快楽の相互的で連鎖的な影響関係は、功利主義の快楽計算においては、快楽の多産性の概念として捉えられることになるのですが、
それに対して、
知的快楽や精神的快楽においては、それぞれの快楽が受ける他の快楽や苦痛からの影響が少なくなるという意味で快楽の多産性が低く見積もられる反面、
それは、快楽自体の独立性が高く、より純度の高い快楽であるとも考えられることになります。
快楽の純粋性とは何か?
ここで言う快楽の純度、すなわち、快楽計算における第五の要素である快楽の純粋性という概念とは、一言で言うと、
快楽が他の快楽や苦痛の影響を受けずにそれ自体として完結し、負の効用や苦痛をもたらさずに純粋に快楽としてのみ存在する度合いのことを示す概念ということになります。
つまり、
純度の高い快楽とは、快楽がそれ自体として完結して存在し、特に、その快楽の享受に伴って、他の負の効用や苦痛などが副作用として生じてしまうことがないという快楽のあり方のことを示す概念であるということです。
例えば、
おいしいものをお腹いっぱい食べるという身体的な快楽の場合、そうした快楽はそれ自体として完結することはない純粋性の低い快楽であると考えられることになります。
なぜならば、おいしいものを好きなだけ思いっきり食べてしまうと、確かに味覚や満腹感の上では強い快楽を得ることができるのですが、
その反面、食べ過ぎてしまったことで後でお腹を壊すなど体調を崩してしまったり、カロリーオーバーで肥満などの原因となったりするなど、主要な快楽の副作用として様々な負の効用や苦痛が生じてしまう危険性の高い快楽であると考えられることになるからです。
知的快楽や精神的快楽における快楽の純粋性の意味
そして、一般的に、こうした身体的快楽においては、快楽の純粋性は低いことが多いと考えられるのに対して、
良い小説を読んで感銘を受けたり、映画を見て感動したりするといった知的快楽などの精神的快楽においては、こうした快楽の純粋性は比較的高く見積もることができると考えられることになります。
なぜならば、
小説や映画といった書物や芸術の世界から得られる快楽や効用は、身体を伴う現実の世界とは離れた、ある意味で別次元の世界から来る快楽ということになるので、
そこから得られる快楽が現実の世界の肉体や社会生活に対して与える影響も極めて小さくなると考えられることになるからです。
例えば、
本を読んで感銘を受けたというケースでは、前述したおいしいものをお腹いっぱい食べるといった身体的快楽のケースとは異なり、本読むことによって得られる知識には食べ物のような実体的な重さやカロリーがあるわけではないので、
本をいくら読んでも、お腹や頭を壊してしまうこともなければ、知識を取り入れすぎて太ってしまうといった負の効用が生じてしまうこともあり得ないということになります。
もちろん、
本を読むことによって得られる効用や快楽においても、そこから得られれた知識や教養がその後の人生で折に触れて良い影響をもたらすといったプラスの意味での副次効果がもたらされることがあるとは考えられることになりますが、
少なくとも、本を読むという特定の作業をしている間には他の作業をすることができないというすべての行為に共通する最小限の物理的な制約以外には、そこからはいかなる副次的なマイナス効果も生じないと考えられることになります。
したがって、
本や映画といった書物や芸術の世界から得られる知的快楽や精神的快楽においては、その快楽からはほとんどいかなる負の効用や苦痛も生じ得ないという点において、
それは、苦痛が混じることのないそれ自体として完結した快楽、すなわち、混じり気のない純粋な快楽であると考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
快楽の純粋性という概念とは、快楽がそれ自体として完結して存在し、その快楽の副作用として負の効用や苦痛などが生じてしまうことがないあり方のことを示す
概念であり、
そうした快楽の純粋性は、一般的に、身体的快楽においては低く見積もられるのに対して、
小説や映画といった書物や芸術の世界から得られる知的快楽や精神的快楽については純粋性の高い快楽として評価されることになります。
そして、
前回書いた快楽の多産性の概念と、今回取り上げた快楽の純粋性の概念は、共に快楽計算を構成する重要な要素でありながら、
一見すると、快楽の価値の評価について、それぞれが正反対の基準を主張している互いに矛盾する要素であるとも考えられることになるのですが、
こうした快楽計算を構成する二つの要素の調停がどのような形でもたらされることになるのか?ということについては、また次回考えていきたいと思います。
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次回記事:快楽の多産性と純粋性の調停、副次的な快楽と苦痛の差としての全体的な効用の評価、快楽計算とは何か?⑪
前回記事:快楽の多産性とは何か?快楽の相互的な影響関係と副次的な快楽、快楽計算とは何か?⑨
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