ゾウリムシやヤコウチュウが昆虫ではないのに「虫」と呼ばれ理由とは?「蟲愛づる姫君」や「蠱毒」における虫の概念

以前に原生動物とは何か?の記事で書いたように、原生動物とは、単細胞性の真核生物である原生生物のなかでも、動物としての性質を強く持った生物のことを指す言葉であり、

こうした原生動物と呼ばれる生物のグループに含まれる生物の種類としては、ゾウリムシラッパムシヤコウチュウミドリムシといった様々な微小な生物の名前が挙げられることになりますが、

そもそも、こうしたゾウリムシ(草履虫)ヤコウチュウ(夜光虫)といった微小な生物たちの名前には、昆虫ではないのになぜ「虫」という名前がついていると考えられることになるのでしょうか?

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現代における一般的な虫の定義と昆虫とクモの節足動物としての類縁関係

まず、現代においては、一般的に「虫」という言葉は、特に、

体は頭・胸・腹の三部に分かれ、頭部には一対の触角を持ち、胸部から左右に三本ずつ、合わせて六本の脚が生えている節足動物である昆虫のことや、

そうした昆虫と比較的近い関係にあるクモムカデといった、やはり節足動物の一種に分類される生物たちのことを意味する言葉として用いられることが多いと考えられることになります。

つまり、

現代における虫という言葉の一般的な定義においては、それは、一義的には、

昆虫やその類縁関係にあるクモムカデなども含めた一部の節足動物のことを意味する言葉として用いられる言葉であると考えられることになり、

こうした現代における「虫」という言葉の使われ方に基づくと、

ゾウリムシ(草履虫)ヤコウチュウ(夜光虫)といった昆虫とは似ても似つかないまったく別系統に属する微小な生物に対して、同じ「虫」という名前が付けられているというのは、

少し違和感のある表記のあり方であるように思えてしまうとも考えられることになるのです。

「蟲愛づる姫君」や「蠱毒」に見られる古代中国や日本における虫の概念

それに対して、

こうした「虫」という言葉は、古代の中国や日本といった東洋の古典の世界においては、現代とは少し異なった言葉の使われ方をしていたと考えられ、

例えば、

10世紀から13世紀頃までに成立したと考えられている平安時代後期の代表的な短編物語集である『堤中納言物語』(つつみちゅうなごんものがたり)においては、

その中でも代表的な作品として、「蟲愛づる姫君」(むしめづるひめぎみ)と題される物語が出てくるのですが、

この「蟲愛づる姫君」という題における「蟲」という字は、現代における「虫」という漢字の旧字体にあたる字であると考えられることになります。

そして、

こうした「蟲愛づる姫君」の話の中では、姿形は美しい姫君なのに、虫を取り集めたり、観察したりすることが大好きで、

いつも自分の部屋中に所狭しと敷き詰められている籠の中に、奇妙な姿をした数多くの虫たちを入れては、その虫たちを一日中眺めてこれを愛でているために、

周りの人々から気味悪がられて、貴族の男性たちも寄り付かないようになってしまっていることをからかわれたり、残念がられたりしているお姫様の話が語られていくことになります。

そして、

その話の中では、ある貴族の男が蛇の姿に似せた細工を作って姫のことを驚かせてやろうとする場面が出てきて、

その場面では、さすがの姫も、蛇の姿は恐ろしいとは思ったものの、これまで自分で虫が好きであることを公言してきた手前、いまさら蛇が怖いなどとは言えず、内心では動揺しながらも、目の前にでてきた蛇のことを愛でて強がりを言う様子が描かれているのですが、

こうした「蟲愛づる姫君」における話の流れからは、当時の人々が、蛇と虫を同列に扱い、虫という生物の種族の中に蛇といった昆虫などとはまったく別種の生物の種族も大きく含めたうえで、

虫を愛でる姫ならば、同じ虫の一種である蛇のことをも愛でなければならないと考えていたという思考の流れを読み取ることができると考えられることになります。

また、

こうした「蟲」という字が用いられている言葉としては、他にも有名なものとして、古代中国において用いられていた呪術や実験の一種である蠱毒(こどく)という言葉も挙げられることになり、

蠱毒の術においては、この世界の内に存在するありとあらゆる毒虫たちを取り集めて、一つの壺の中に投げ入れ、その壺の中で互いに共食いをさせることによって最強の毒がつくり上げられていくことになるとされているのですが、

こうした蠱毒の儀式を行う際に用いられる毒虫の具体的な名前としては、サソリムカデゲジといった現代においても一般的な毒虫たちのほかに、毒ヘビ毒ガエルといった生物たちも挙げられることになるのです。

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以上のように、

こうした「蟲愛づる姫君」「蠱毒」において用いられている虫という言葉の使われ方を見ても分かる通り、

古代の日本や中国においては、虫や蟲と呼ばれる生物の種族の中には、昆虫やクモのような節足動物だけではなく、

ヘビやカエルといった哺乳類や鳥類などの一般的な動物とは異なる性質をもった様々な小動物たちも含まれると捉える方が一般的な考え方であったと考えられることになり、

そうした古典の時代にまでさかのぼることができる本来の虫という言葉の定義のあり方に基づくと、

ゾウリムシヤコウチュウといった昆虫とは似ても似つかない原生動物に分類される生き物たちも、こうした古来からの意味における虫や蟲の内に含まれることになると考えられることになります。

つまり、

こうした古代の中国や日本といった東洋の古典の世界における大本の意味においては、「虫」という言葉は、

昆虫やクモといった一部の節足動物のことを意味するだけではなく、目に見えるか見えないほどの小ささで蠢いている原生動物などの微小動物や、蛇や蛙などの人や獣鳥や魚といった一般的な動物の種族に分類されない小動物の総称として用いられてきた言葉であったと考えられることになるのです。

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次回記事:虫と蟲の違いとは?羽虫・鱗虫・毛虫・裸虫としての鳥類・魚類・獣類・人間の定義と「蟲」から「虫」への漢字の変遷の流れ

前回記事:ミジンコやゾウリムシは微生物なのか?英語における微生物(マイクロオーガニズム)と微小動物(マイクロアニマル)の関係

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