怪力乱神を語るべきではないとされる二つの理由とは?孔子によって否定されている二つの知の探究の方向性
前回書いたように、『論語』において、孔子が語るべきではない事柄として挙げている「怪力乱神」という言葉は、
怪異・勇力・悖乱・鬼神という四つの事柄の総称として用いられている言葉であると考えられることになります。
それでは、孔子はいったいどのような理由によって、怪異・勇力・悖乱・鬼神と呼ばれるこうした四つの事柄について、
それを自分自身や、その思想を受け継ぐ儒学者たちが語るべきではない事柄として位置づけていると考えられることになるのでしょうか?
人間の理性が進むべき本来の道筋に外れた行いとしての勇力と悖乱
まず、「怪力乱神」という言葉が意味する怪異・勇力・悖乱・鬼神という四つの事柄のうち、
二番目と三番目の事柄にあたる勇力(ゆうりょく)と悖乱(はいらん)と呼ばれる概念は、それぞれ、
勇力とは、物事の理非を考えずに発揮される蛮勇や蛮力のことを意味する概念として、
悖乱とは、国のあるべき秩序を乱す道理や人の道に背く行いのことを意味する概念として捉えることができると考えられることになります。
そして、それに対して、
孔子が創始者とされる儒教においては、仁・義・礼・智・信と呼ばれる五つの徳目が道徳の基盤として位置づけられたうえで、
君臣の義や父子の親、長幼の序といった伝統的な秩序関係に基づく道徳の実践が求められることになりますが、
こうした儒教における道徳思想のあり方は、
武力によって民衆を抑えつけ、強大な軍隊を率いて他国を力で制圧するような勇力とも、既存の伝統的な秩序を乱して道理に背く行いにはしるような悖乱とも基本的にはまったく相いれない知のあり方であると考えられることになります。
つまり、
勇力と悖乱という二つの事柄については、
それが儒教思想が求める人間の理性が進むべき本来の道筋からは外れた行いであるがゆえに、
そうした勇力や悖乱と呼ばれる事柄は、儒学者が語るべきではない事柄として退けられていると考えられることになるのです。
人間の理性の範囲を超えた存在としての怪異と鬼神
それに対して、上述した怪異・勇力・悖乱・鬼神という四つの事柄のうちの最初と最後にあたる怪異(かいい)と鬼神(きしん)については、それぞれ、
怪異とは、人間の理解の範囲を超えた超常的な現象のことを意味する概念として、
鬼神とは、人間の肉体が滅び去った後にも残る死者の霊魂のことを意味する概念として捉えることができると考えられることになります。
そして、これらの概念は、超常現象や死後の世界といった存在について言及していることからもわかる通り、
それは、人間の理性の働きによって理解することができる通常の理解の範囲を超えた存在のことを意味する概念であると考えられることになりますが、
それに対して、前述したように、
儒教においては、仁・義・礼・智・信などの徳に基づく現実の世界における道徳の実現が求められていくことになるので、
そうした儒教が求める道徳思想のなかには、人間が実際に生きて日々の生活を営んでいる現実の世界から遠く離れた怪異や鬼神といった存在についての探究は一切含まれていないと考えられることになります。
つまり、
怪異と鬼神という二つの事柄については、
それが人間の理性によっては捉えることができない不可知な事柄であるがゆえに、
それらの事柄は、儒学者が語るべきではない事柄であるとして退けられていると考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
『論語』において、孔子が語るべきではない事柄として挙げている「怪力乱神」、すなわち、怪異・勇力・悖乱・鬼神という四つの事柄のうち、
勇力と悖乱については、それが人間の理性が進むべき本来の道筋に外れた行いであるがゆえに、語るべきではない事柄であるとされているのに対して、
怪異と鬼神については、それが人間の理性によっては捉えることができない不可知な事柄であるがゆえに、語るべきではない事柄であるとされるという二通りの理由において、
それぞれの事柄が儒学者が語るべきではない事柄として退けられていると考えられることになります。
そして、そういう意味では、
こうした『論語』における「怪力乱神を語らず」という孔子の言葉においては、
暴力の行使や、人道に背くような行為につながるような道徳的な道筋を外れた方向へと知の探究を進めてはならず、
超常現象や死後の世界といった人間の理性が及ぶ範囲を超える方向へも探究を進めてはならないというように、
孔子の唱えた倫理思想、すなわち、儒学思想において探究することが禁じられている二つの知の探究の方向性のあり方が示されていると考えられることになるのです。
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次回記事:神の定義とは何か?②ニーチェの「神は死んだ」に見る逆説的な意味における神の不死性
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